週刊アサヒ芸能「創刊60年の騒然男女」芸能スキャンダルの真相!(5)克美しげるに殺害された愛人の父が義憤告白 (1/2ページ)

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週刊アサヒ芸能「創刊60年の騒然男女」芸能スキャンダルの真相!(5)克美しげるに殺害された愛人の父が義憤告白

 芸能人が殺人を犯す。あるいは、今なお解けない謎を残してみずからの命を絶つ。こうした「怪死」の数々を、歴代記者たちは独自の方法で追いかけた‥‥。

「殺された女性の実家が岡山にあった。訪ねると父親が『よく来た、よく来た』と言って、そこから克美しげるへの恨みを、娘さんの遺影の前で延々と2時間ほどしゃべってくれた」

 76年に入社した週刊アサヒ芸能OBのA氏が振り返る。その年、5月8日に起きた歌手・克美しげるの愛人殺害は、かつて紅白にも出場した人気者が落ち目となり、そのカムバックに邪魔だからという理由が、いかにも“芸能界然”としていた。

 克美は妻子がありながら愛人に近づき、ソープ嬢(当時はトルコ)までやらせて金を貢がせた。

「父親は『娘を殺したのは、かなり前から計画を立ててのこと』と克美が告白した録音テープも持っていた」(前出・A氏)

 克美は83年に仮出所し、翌84年1月5日号から、「木枯しの歌が聴こえる」という告白連載を始めている。編集部にもたびたび顔を出したが、やがて主宰したカラオケ教室での女性とのトラブル、さらに覚醒剤使用で逮捕と“木枯し”が吹きやむことはなかった。

 この克美より早く、芸能人として初めて殺人を犯したのが、肉体派女優・毛利郁子である。69年12月14日、毛利は長らく不倫の関係にあった興行プロモーターを刺殺。その前年に週刊アサヒ芸能に配属されたM氏は、毛利の高知の実家や公判を追った。

「実家は布団店だったけど、事件が事件だけに、両親には会ってもらえなかった。公判でも彼女には同情の声が集まっていたね」

 当時、毛利は7年もの不倫を重ね、2歳の子もいた。それでありながら別れ話を切り出されるという男の身勝手さに、大映の永田雅一社長や勝新太郎らが減刑嘆願書を出している。

「さらに、事件直後なのに出演作の『秘録怪猫伝』は公開中止にならず、むしろヒットを記録していたよ」(前出・M氏)

 83年6月28日、新宿・京王プラザホテルの47階から飛び降りたのは、スター俳優・沖雅也(享年31)だ。

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