中世の人たち怖い!絞首刑に使用されていた器具「ジビット」の使用法と歴史 (2/4ページ)

カラパイア

1752~1832年にかけて134名が絞首刑にされ、1834年に正式に廃止された。

 ジビットが建てられると無数の観衆が集まったという。だが、驚くまでもなく、ジビットの側で暮らすのは嬉しいことではない。

[画像を見る]

1700年代初頭。海賊の船長ウィリアム・キッドの絞首刑。

 「ひどい臭いがしたでしょう」とターロウ。遺体が腐る臭いは非常に強烈で、ジビットがある方向から風が吹く日は窓という窓が閉ざされた。「腐乱死体があったらどうなるか簡単に想像がつくでしょう。特に軟組織がまだあるような場合はね」

 また、ジビットは恐怖感を最大限に煽るような設計がされていた。風に揺られて、キーキーと不気味な音を立てるのだ。

 さらに住人にとって気の毒なことに、ジビットはすぐに撤去されるような代物ではなかった。場合によっては、遺体が虫や鳥に食われて白骨化しているというのに、数十年もそのままにされることがあった。

 勝手に撤去されないよう足場は外され、柱自体も9メートル以上もあった。12,000個もの鋲で覆われているものもあった。それは風景の一部となり、パーのように犯罪者の名前が通りに与えられ、地域の境界の役割も果たした。

 滅多に実施されなかったため、鍛治職人によって製作されることも稀だった。「新しい物を作るたびに再発明するようなものでした。設計は一からされました」

[画像を見る]

レスター・ギルドホール博物館所蔵のジビット

 重いものもあれば、緩いものや調整可能なものもあった。鼻が納まる窪み付きのものもあった。胴体の部分しかなく、手足を檻の外側にぶら下げるようなものもある。削ってタバコパイプにされた柱など、降ろされたあとで土産にされることもあった。

「中世の人たち怖い!絞首刑に使用されていた器具「ジビット」の使用法と歴史」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る