”GODZILLA”と呼ばれたクルマ「日産・GT-R」のこれまでを振り返る (3/4ページ)

イキなクルマで

大きな金字塔を打ち立てます。その他のカテゴリーでも健闘し、GT-Rは名声を欲しいままにしたのです。

■マイナス21秒ロマン、4代目GT-R

3代目以降、GT-Rは「グリーン・ヘル」とも呼ばれる過酷なサーキットであるドイツ・ニュルブルクリンクにて精力的にテストを行っていきます。そうして登場した4代目GT-Rは、先代の記録したタイムを大幅に縮めたことが話題となりました。もっともこれは市販状態とは大きくかけ離れたテスト車両での計測タイムでしたが、GT-Rの名を広く一般に認知させるには十分な試みでした。先代に比べ大型化されたボディはノーマル派からは敬遠されましたが、最高速をステージとするチューナーからはロングホイールベースからくる高い安定性が受け、多くのチューニングカーがストリートを駆け抜けていきました。

photo by Tennen-Gas(CC BY 3.0)

また1995〜96年には、ル・マン24時間にも参戦しています。

■ひとつの到達点に達した5代目GT-R

RB26DETT、アテーサE-TSと革新の技術を打ち出してきた、第二世代GT-Rの集大成となる5代目R34GT-Rが次に注目したのは「空力」でした。

photo by Tennen-Gas(CC BY 3.0)

空気を味方に付けるべく、Vスペックには国内有力レーシングチーム「チーム・ル・マン」と共同開発した、量産車初となるカーボンディフューザーを装備。さらに国内初の可変2段リアスポイラーも採用されました。また駆動系にはゲトラグ社が開発した6速MTが、ブレーキはブレンボ製のものが奢られて走行・制動性能も強化。まさに「究極のドライビングプレジャー」を実現したのです。生産期間は3年と短かったですが、今もなお人気の高いGT-Rの1台です。

■スーパーカーの常識を覆した6代目GT-R

「私たちには、大切にしたい3つのワードがある。

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