”GODZILLA”と呼ばれたクルマ「日産・GT-R」のこれまでを振り返る (2/4ページ)
しかし解析の末、L24エンジンをGT-Rに搭載したとしてもタイムの向上は望めないという結論に達したことから、この計画はお蔵入りに。このことを知った旧プリンスの技術陣たちは「高性能なDOHCエンジンを搭載してこそGT-Rの存在意義がある」と考えていただけに、胸をなでおろしたというイ逸話も残っています。
■実は意外な理由で誕生した?2代目GT-R2代目はGT-R史上、もっとも悲劇的な運命をたどったモデルといってもいいでしょう。時代はオイルショック真っ只中。省資源・省エネルギーが叫ばれる中、嗜好品といってもいいスポーツカーたちは、次第にラインナップから消えていきます。レースの世界でもメーカー資本のチーム、いわゆるワークスチームは撤退して国内格式のレースも中止されてしまう事態に。そんな中、2代目GT-Rはたった195台しかオーナーの手に渡りませんでした(197台と書いた本などもありますが、これは試作車2台を含めた数字)。実際にレースに出場することがなかった、唯一のGT-Rとなっています。レースでの勝利こそがGT-Rの使命なのですが、実はこの代は余剰となっていたS20エンジンの在庫処分が目的だったともいわれています。
■16年ぶりに復活!大変身した3代目GT-Rバブル景気華やかりし1989年、日産はR32スカイラインでGT-Rの名を16年ぶりに復活させます。
photo by 天然ガス(CC BY 3.0)高出力のRB26DETTエンジン、高効率を誇る4WDシステム「アテーサE-TS」を搭載したこのクルマは、サーキットでもストリートでも大活躍。このエンジンはチューナーから「現代のL型エンジン」と呼ばれ、絶大な支持を得ることになります。一方の駆動システムは当初「4WDはラリーのシステム。サーキットには向かない」とレーシングドライバーたちが異口同音に唱えていましたが、蓋を開けてみれば全日本ツーリングカー選手権(JTC)で参戦開始以来無敗の記録を達成。