【プロ野球】ソフトバンクに達川光男ヘッドコーチ誕生! 工藤公康監督との縁、そして指導者歴と成績とは? (1/2ページ)

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工藤公康監督との縁、そして指導者歴と成績とは?
工藤公康監督との縁、そして指導者歴と成績とは?

■新ヘッドの会見は「達川節」全開!

 日本ハムに歴史的な大逆転をカマされてパ・リーグ2位となった今季のソフトバンク。来季へ向けて、選手の補強とともに、コーチ陣の刷新も当然遂行される。

 その一環として、達川光男氏を工藤公康監督体制では初となるヘッドコーチに招聘。就任発表記者会見が10月31日、秋季キャンプの拠点・宮崎市の生目の杜運動公園にて行われた。

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■現役時代から縁がある工藤監督と達川コーチ

 ヘッドコーチは、指揮官である監督の参謀役。それだけに、工藤監督との接点、相性がまずは気になるところだが、2人の初対面は、広島対西武で行われた1986年の日本シリーズだという。

「おい工藤、なめんなよ!」

 デッドボールを食らった広島の達川氏が、こう発したのが第一声だった。

 この年の日本シリーズは、初戦が引き分け、第2戦から第4戦は広島が3連勝。広島が王手をかけて第5戦を迎えた。勝てば広島の優勝が決まるこの試合で、1対1で同点の延長10回からマウンドに上がっていた現役時代の工藤投手が、延長12回裏に打席に立ち、ライト線にサヨナラヒットを放った。

 ここから西武は怒涛の4連勝で頂点に立つという印象的なシリーズだった。なお、シリーズMVPには工藤投手、敢闘賞には達川捕手が選ばれている。

 その後、1994年シーズン後に、工藤投手はFAで福岡ダイエーホークスに移籍。達川氏も、同じタイミングでバッテリーコーチとしてダイエーに加入。そこで、あのときの日本シリーズの思い出話から始まり、言葉を交わすたびに野球観の近さを感じたという。

 しかし、達川氏のダイエーでのコーチ期間は1年で終了。会見でも久しぶりにホークスのユニフォームに袖を通すことについて聞かれ、その心境をこう語った。

「1995年、王監督時代にバッテリーコーチをやらせてもらいましたが、なんの役にも立たず1年で辞めたんです。そのことがずっと心につかえていました。今回、工藤監督に誘っていただき、しかも球団には王会長がいらっしゃる。これで、人生終わっても悔いなし。いや、野球人生ね、まだ死にたくないんで(笑)。まあ、それぐらいいいチャンスもらったなと」

 そして、監督とコーチをいう関係になった以上は、「工藤監督に、終生忠誠を尽くしますよ」とも口にした。

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