【帰ってきたアイドル親衛隊】素人芸の私にスキルアップの活動の場を与えてくれた山田邦子には感謝の気持ちしかない (1/2ページ)
今でこそ女性のピン芸人はたくさんいるが、1980年代には女性芸人が出演する場所が少なく、活動するにも難しい時代でもあった。そんな時代に国民的人気を博して活動していた女性芸人がいた。そう、山田邦子である。山田は81年に『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ系)で「お笑い君こそスターだ!」という素人がネタをやる勝ち抜き企画で、見事に5人に勝ってプロの芸人として活動することになった。
私はこのコーナーに出る前から山田のことは一方的だが良く知っていた。山田は多くの素人参加番組に出演して、ネタを披露していたのだ。特に印象的だったのが、素人芸番組『ドバドバ大爆弾』(東京12チャンネル)でのネタである。後に代表的なネタとなる「バスガイド」ネタを披露していて、その印象が私の中にずっと植え付けられていた。
そんな山田の行動を見て、自分も素人として出演できるテレビ番組を必死に探し、多くの素人参加番組に出ることができた。しかし、私が素人参加番組に出演している頃に、山田は一気にブレークしてしまい、すでにお茶の間の人気者になっていて、手の届かない存在になっていた。ようやく山田と会えたのは、私が高校2年生の時に『全日本そっくり大賞』(テレビ東京系)に出演した時で、司会者だったのが山田である。素人番組出身の山田が司会者ということで、出演者の気持ちも良くわかっている感じで、私はそこで大した結果は残せなかったが、すごく気分良くネタができた。それから私は高校卒業と同時に芸人になるのだが、無名芸人だったので、素人番組に出ることも多かった。89年に『スター生たまご・邦子のいまドキ芸能界』(日本テレビ系)に出演して、再び山田司会の番組に出演することに。しかし芸人になったばかりの私はトークスキルも低く、なかなか結果を出せなくもどかしい結果になっていた。
そんな頃に私の芸人としてのスキルアップできる話しが舞い込んで来た。90年になったばかりの頃に、すでに人気番組として放送されていた『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』(フジテレビ系)の仕事の依頼が来たのだ。といっても出演ではなく「ものまねベスト5」というコーナーの前説の依頼だった。出演できないのは残念だが、人前でトークができるので、喜んで引き受けることにした。