PPAPの元ネタは荒井注!?「昭和の爆笑ギャグ」プレイバック (4/5ページ)

日刊大衆

「それを言っちゃあおしまいよ」など、シリーズを重ねるたびに、寅さん語録が日本中に浸透した。「シリーズの終わり頃はすっかりいい人になってしまいましたが、1作目を今、見直すと、寅さんが意外とワルなのでビックリします(笑)」(映画評論家)

 のちに最高視聴率50.5%を記録するお化け番組『8時だョ!全員集合』(TBS)のスタートも69年。生まれたギャグは数知れない。加藤茶の「カトちゃんペッ!」「やったぜカトちゃん」「ちょっとだけよ、あんたも好きねぇ~」。志村けんの「イッチョメイッチョメ、ワーオ!」(『東村山音頭』)、「カーラース、なぜ鳴くの~カラスの勝手でしょ~」ほか、もはや多すぎて紹介しきれない。

 また、冒頭でも触れたドリフの旧メンバー・荒井注による「なんだバカヤロウ!」は、まさに逆ギレ系ギャグの草分けだった。リーダーのいかりや長介は『ドリフ大爆笑』(フジテレビ)での決め台詞「ダメだこりゃ」が代名詞だ。

 この時期、てんぷくトリオの一員だった伊東四朗が、植木等の付き人だった小松政夫とのコンビで頭角を現す。皮切りは75年スタート『笑って笑って60分』(TBS)から。伊東の「ニン!」と、小松の「ズンズンズンズン、小松の親分さん」でお茶の間の人気者になったが、さらに『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』(NET)では、伊東率いる電線軍団が『電線音頭』を熱唱してヒット。続く小松が『しらけ鳥音頭』を歌い、さらなるヒットを飛ばした。

 演芸界からは、アフロヘアの松鶴家千とせが「わかるかなぁ~、わかんねぇだろうナ」。夫婦漫才の春日三球・照代が「地下鉄はどっから入れたんでしょうねえ、それ考えるとまた眠れなくなっちゃう」。星セント・ルイスが「田園調布に家が建つ」で売れっ子に。

 そして1980年、空前の漫才ブームが到来。B&Bの「もみじまんじゅう~」。ツービートの「コマネチ」。横山やすし・西川きよしの「メガネ、メガネ」、爆笑女王の今いくよ・くるよの「どやさ」など、テレビは漫才だらけになった。

 その漫才ブームから誕生した『オレたちひょうきん族』(フジ)でヒットギャグを連発したのは明石家さんま。

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