約束は必ず守るという意味の「親の頭に松三本」の語源が死に関連している? (1/2ページ)

心に残る家族葬

約束は必ず守るという意味の「親の頭に松三本」の語源が死に関連している?

明治から大正の始め頃、子どもたちの間で交わされる約束の際の決まり文句も、地域などの違いにより、様々なバリエーションがあった。そうした多様な約束の際の決まり文句の一つに、現代で一般的な「嘘ついたら針千本飲ます」と同じような役割のセリフとして「親の頭に松三本」というものがあった。このセリフは、和歌山県出身で近代に活躍した博物学者南方熊楠も、明治13〜14年頃の自分の子ども時代の思い出の一つとして書き残しており、このセリフを唱えた子どもは、両親に厳しく叱られたという。

■和歌山県以外では新潟の佐渡でも伝わっていた「親の頭に松三本」

ちなみに新潟県の佐渡でも、似たケースの報告がある。佐渡でも、子どもの約束の際の決まり文句なのかどうかは不明だが、「親の頭に松三本」という言い回しがあり、この言葉を口に出すだけでも、これ以上ない親不孝な行いとされた。

この和歌山県と佐渡の例に共通するのは、「親の頭に松三本」という言葉を「声に出す」ことが、「親不孝な行い」とされ、タブーとされている点である。この「特定の言葉を声に出す」ことがタブーとされる例は、しばしばいわゆる「言霊(言葉には霊力があるとする信仰。また、そうした言葉の霊力)」論で説明される。つまり、特定の言葉を声に出したり文字で書いたりすると、その言葉の通りのことが起きるとされた。

そのため、この和歌山と佐渡の例を当てはめると、「親の頭に松が三本生える」状況は、「好ましくない状況であり、招いてはいけない」とされるものであった。そのため、その言葉を実際に口に出した子どもが、親に対して不孝を働いたとして、厳しく叱られたというわけである。

■「親の頭に松が三本生える」というのは、親の死を意味する言葉だった

なぜ「親の頭に松が三本生える」状況が、「招いてはいけない」ほどの好ましくない状況なのか。それには諸説あるが、一つには近世以前の時代、墓に松を特に三本植えるしきたり「墓松」が、様々な地域で行われていたことと、関係があるようだ。ちなみに既に平安時代末に、そうした習俗はあった。

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