居住区域とは明確に分けられ、且つ一定の距離を保つ墓地「ネクロポリス」 (1/2ページ)

心に残る家族葬

居住区域とは明確に分けられ、且つ一定の距離を保つ墓地「ネクロポリス」

洋の東西を問わず、墓地がどんな区域に設けられるかには、大別すると2種類ある。人々が日常生活を送る、いわゆる居住区域の中に設けられる場合と、もう一つ、居住区域とは明確に区別され、且つ一定の距離が取られている区域に設けられる場合である。この2種類のうち、後者の「居住区域とは明確に区別された」区域に、墓地が設けられるケースを、特に「ネクロポリス」という。

■ネクロポリスとは「死者の街」を意味する

ネクロポリスとは、ギリシャ語で「死者の街」を意味する言葉である。この言葉が、ギリシャ語に由来する理由は、一つにはそもそもこのネクロポリス式墓地が、古代ギリシャで盛んに作られたからである。

世界大百科事典第2版によれば、古代ギリシャや、ローマ帝国などその文化的影響を受けた地域では、こうしたネクロポリスは、都市を取り囲む城壁の外部、特に街道沿いに作られたという。

こうしたネクロポリス式の墓地は、実は日本にもある。特に近世以降の近畿地方の村落部で、盛んであった「両墓制(遺体(遺骨)を埋葬する墓と、墓参り用の遺体のない墓を作るしきたり)」では、このネクロポリス式墓地が多く作られた。埋葬用の墓・墓参り用の墓共に、村と村外の境界に当たる区域に作られたケースが多い。

■ネクロポリスは、世界の様々な地域で確認されている

ネクロポリスといえば、古代ギリシャ時代よりも更に古い、古代エジプトに遡るともいわれる。世界史、特に古代文明史にある程度詳しい方の中には、古代エジプトでは、太陽が沈むナイル川西岸は「死者の街」とされ、ピラミッドなど貴人の墓が作られたのに対し、太陽が昇る東岸は「生者の街」であった、という説を聞いたことのある方もいるだろう。

しかし近年では、この説は必ずしも正しくないのではないか、とも指摘されている。但し、ピラミッドが廃れた後も、王を始めとする貴人の墓が集中して作られた、ネクロポリスといえるような地区は、実際ナイル川西岸に多い。

こうして見ていくと、日本も含めて世界の様々な地域のネクロポリス式の墓地は、多くが古代〜近世のような、「前近代」に当たる時代に作られたケースが多い。これはなぜかについても、色々と興味深い点は多い。

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