公開処刑に性的暴力の横行…北朝鮮の人権侵害はいかにして暴かれたか (1/2ページ)

デイリーNKジャパン

公開処刑に性的暴力の横行…北朝鮮の人権侵害はいかにして暴かれたか

ここ数年の間に、北朝鮮で起きている人権侵害は国際社会での主要なイシューになった観がある。国際社会が北朝鮮で起きている人権侵害に関心を持ち始めたのは、冷戦末期の1980年代末になってからだった。そして、1994年7月の故金日成主席の死去と前後して始まった大混乱期「苦難の行軍」において、内部からの情報の噴出が起きる。中国や韓国に逃れてきた脱北者の証言によって、北朝鮮社会の実態が伝わり始めたのだ。

筆者も1993年から「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク(RENK)」でのNGO活動を通じ、金日成・金正日の両体制による人権侵害を訴えてきた。だが当初、人権侵害の事例を集めるのは簡単なことではなかった。何より、公開処刑などの残忍さに圧倒され、「そこまでやるのか」となかなか実態が飲み込めなかった。

全体像がつかめない中で断片的な証言をまとめていく作業は、さながら難解なパズルのようだった。

例えば、中国で逮捕され北朝鮮に強制送還された脱北者はまず、中朝国境沿いにある「集結所」に収容される。現在でこそ、性的暴力の横行する「集結所」内部の実態に関する証言も整理されてきているのだが、北朝鮮の刑法を見ても該当する記述がどこにも見当たらない。

「集結所」では強制労働もあるというのだが、別の住民が言う「労働鍛錬隊」、「労働教化所」との区別がつかなくなるといった具合だ。すでに存在が確実視されていた政治犯収容所も「管理所」が正式名称であるのだが、事前の知識がないまま話を聞いたら何の事だか分からないのである。

移動の自由、言論の自由がない北朝鮮では、情報が分断されているため、住民が社会全体を見渡しある事象を位置付けることが難しい。

さらに困ったことに、北朝鮮の人々もさるもので、こちらがよく理解していないことが分かると、大げさな悲劇を付け足すなど話を盛ったり、適当にはぐらかしたりするのである。派手な話をしたら、もしかしたらいくらかの支援を受けられるかもしれないという心理は、数十万から一説に100万人以上の餓死者を出したという1990年代の悲惨な状況を考えると十分に理解できる。

とはいえ、北朝鮮独特の用語の理解はインタビューの精度に関わる大事な問題であった。

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