【日本人が知らないニッポン】戦火を乗り越えた浅草寺の聖観音菩薩 (1/2ページ)
有名な場所だからこそ、知らなかった知識がたくさんあります。
これを「灯台下暗し」と言うのでしょうか。あまりに身近な存在になっているものは、じつはその全容がまったく知られていなかったりもします。たとえば、雷門で有名な浅草寺もそのひとつです。
浅草寺には、今日もたくさんの参拝客が訪れます。老若男女問わず、誰しもが熱心に手を合わせています。
ですが浅草寺の御本尊は、有史以来たった数人しかその姿を確認していません。
・御本尊を目撃した現代人はいない
日本国内の「絶対秘仏」といえば、長野県にある善光寺の一光三尊阿弥陀如来が有名です。
この仏様は武田信玄や織田信忠、徳川家康、豊臣秀吉ら諸大名の手によって各地を移動したことがありました。ですが彼らの力をもってしても、本尊を開帳させることはできませんでした。
そして、そんな善光寺本尊に並ぶ絶対秘仏が浅草寺の聖観音菩薩です。この寺の創建は西暦628年。聖徳太子の没年が622年ですから、それ以来の長きに渡り浅草を見守っていたということになります。
そしてこの聖観音像を目撃した人は、確かな記録に残っているところではわずか数人。この数人とは明治新政府の役人と、当時の住職です。
政治体制が江戸から明治に移行する時代、浅草寺は明治新政府から「本当に本尊があるのか?」という疑いがかけられていました。新政府は調査のために強引に開帳させようとしましたが、その最中にひとりの役人が謎の事故死を遂げます。
「これは仏罰に違いない」という噂が立ちますが、そんな中でも住職は「自分が御本尊の存在を確認しないといけない」と決心し開帳に踏み切りました。
御本尊が確かに実在したことは、言うまでもありません。