『1984年のUWF』を読んで:ロマン優光連載76 (2/5ページ)
タモリや横山やすしに関する考察を最初に読んだのも村松友視の文庫版での『ダーティ・ヒロイズム宣言』の中の一文であったように記憶している。
ご多分にもれず、小学校6年生にもなると試合の結果の予想がほぼ的中するようになっていた。最初にプロレスがそういうものだと気付いたのは木村健吾という選手の存在だった。健吾は、なぜ相手に当たらないような技、かけるのに無駄な手間がかかるのに効果が見込めないような技ばかり使ってわざわざ負けるような真似をするのか? 負けるとわかる健吾をなぜタッグパートナーにするのか? その疑問から「プロレスは基本的に勝敗は決まっている。」という結論を導き出すのに時間はかからなかった。それでも私は(ビデオが普及してない時代に年齢的に)見たこともない異種格闘技戦を根拠に猪木は本当に強いと信じていたし、勝敗は決まっているが試合の過程の中ではリアルファイトの時間があるとも思っていた。シリーズの途中の地方の試合では勝敗は決まっているが、最終戦やタイトルマッチはリアルファイトなのではないかと思ったり、噂に聞く前田対平田のような前座試合はリアルファイトなのではという風にも思ったりもした。それらも全て幻想だったのだけど。
私はなんとなく気付いてしまったのだけど、それでもプロレスを楽しんでいたし、裏切られたとも思ってなかった。村松の記した「プロレスの勝敗は強弱ではない」という概念を読んでいたのが良かったのだろう。今になって整理してみると、私はプロレスとは虚実の狭間の中で過程の中の真実を見るものだというのに、村松からの受け売りで幼いながらに納得していたのだろう。いや、納得しようとしていたのだ。納得していたのなら第一次UWFに心踊らせたりはしなかったのだろうから。
小6から中1にかけての間に『ファイト』と『週刊プロレス』を読むようになっていた。『週刊ゴング』を読まなかったのは村松友視的な批評性を感じなかったからだろう。そこで私は『週刊プロレス』が推していた一つの団体に引きつけられるようになる。第一次UWFだ。そこには私が妄想していた真実、リアルファイトのプロレスがあると信じるようになっていた。私も日本中に山のようにいたであろう山本隆司記者の記事にのせられた一人だったということだ。