『1984年のUWF』を読んで:ロマン優光連載76 (4/5ページ)

ブッチNEWS

私はU系というジャンルより、デスマッチ系の方に心が惹かれるようになっていた。プロレスという虚の中に潜む情けない人間の勇気という真実が本当に見れるのはデスマッチのような気がしていた。パンクラスがはじまり、本当にリアルファイトのプロレスが始まったのだけど、バーリ・トゥードという黒船がやってきた。私は総合格闘技に夢中になり高田の敗北を願い、確信した。UWFに本当のリアルファイトはなかった。
 だからといって私はUWFが嫌いになったりはしなかった。UWFメインテーマを聞くと今でも自然に体が熱くなる。未だに私の中でUWFは特別なものなのだ。
 村松から始まった「活字プロレス」というものに踊らされてきたのかも知れない。しかし、その中にあった『物の見方』という概念は今でも自分にとって大切なものになっている。たとえ、ターザン山本が権力と金銭欲の中で糞みたいな文章で読者をコントロールしようとし、今は何もない自己欺瞞に満ちた老人に過ぎなくても、まだ何者でもなかった頃の山本隆司の書いた文章の素晴らしさが失われるわけではない。
 プロレス最強論を、UWFを信じた経験のある中井祐樹が本物のファイターとしてリアルファイトでジェラルド・ゴルドーに勝ち、片目を失った状態でヒクソン・グレイシーと戦ったように、それが幻想であっても、その嘘を自分の身を通して真実にしようとすれば、新しい真実が生まれてくるのではないだろうか。例えば、欅坂46の『サイレントマジョリティー』の歌詞が秋元康のような業界人のあざとい考えで生まれた嘘だったとしても、メンバーが本気で真実だと思って歌い、聞き手が真実だと思って捉えれば、嘘だということを知って、それを乗り越えた先に真実が生まれるのではないのだろうか。
 UWFは幻想だったのかも知れないが、それを真実だと信じた子供たちの中に本物の総合格闘家になったり、そこにあった反骨心を日常の中で忘れ去らずに心に留めておこうとする人がいるのは本当のことなのだ。
 UWFについて語られていた言葉の多くは嘘に過ぎなかったのかもしれない。だからといってUWFという運動体自体の価値が損なわれるわけではないはずだ。当時、うたわれていた幻想とは別の部分で、本人たちすら意図しなかった真実を沢山産みだしたのだから。
 UWFメインテーマを聞くと未だに体が熱くなる。

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