自然と共生してきた歴史をもつモンゴルの葬送と供養について (1/2ページ)
生前、私の父は「人間にはその人の食い分の米があって、それを食べてしまわないことには死ねない」などと言っていました。父の故郷は昭和の半ばごろまで土葬でした。農家に生まれ育った父は、都会暮らしが長くなった晩年まで、土で生き土に還る農民としての考え方を捨てられなかったのです。こんな父の考えを共有してくれるだろう人々がモンゴルにもいるようです。
■土葬が根付いているモンゴル
内モンゴル東部に住む方々は定住し、農業で生計を立てています。そのような地方の葬送は土葬だそうです。
地方によって座った形の座棺と、横たえる形の寝棺の違いはありますが、昔の日本と同じように遺体は棺に入れられ土の中にそのまま葬られます。
土葬と風葬がきっぱり分かれているわけではないようですが、生活様式の違いや職業が葬儀の形にまで影響しているのは納得できる反面、本当に不思議でもあります。
■乳児は土葬ではなく野に置きます
乳児の場合は特別です。土葬が取り入れられている地域でも、野に置かれます。
乳児の遺体をゆりかごや袋に入れ、馬に乗せて道の三差路など人通りの多い所に落とし放置します。袋の口を開けておくことや通りがかりの人が袋から出すこともあるそうです。そして遺体を落とした人はその周りを右回りに一周回りゆっくりと帰ってきます。いわゆる風葬にするわけですが、こうすることで別の所に生まれ変われると信じられているのです。遺体が早くなくなれば、それだけすぐに生まれ変わった印ということなのです。
また火葬はどの地域でも僧侶や貴族、妊婦や伝染病患者のような特定な場合に限られています。材木が貴重だったためでしょうか。
■ゲルの中に仏壇を置き供養
今はだいぶ廃れてきたそうですが、ゲルの中にも仏壇が設けられていました。人が亡くなると、喪に服している間中そこに燈明をともすのです。
喪中には遺族は髪を整えてはいけないとか7日ごとに薪を燃やすなどいろいろ決まりがあるそうです。それは昔、祖父の葬儀の後、近所の人達が7日ごとに集い『御詠歌』を詠ったのを思い出させました。