モデル、女優、ミス・ユニバース出身。芸能界からフォトグラファーへ。大島央照さん(前編) (3/4ページ)
ミス・ユニバース・ジャパンではファイナリストとして活躍されていましたよね。フォトグラファーとしてのお仕事も増えたのでは? 大島 どんどんやりたいことが形になっていくことが楽しかったし、私のことを面白いと思ってもらえる人に出会えたことはとても大きな成長だったと思います。ただ、いいことばかりではなくて現場によっては失敗してしまったこともあるんです。例えば、海外アーティストの撮影オファーを頂いたので海外へ行った時のこと。アーティストが撮影できる時間が40分なのに、撮影ができない状況が続き、前の撮影が押して、残り5分で撮影するという修羅場に!!5分で撮影しなければいけないという想定をしていなかったことをはじめ、自分の力不足や段取り不足を実感することができました。 ©INROCK すさまじい現場を体験されているんですね!失敗とはいえ、日本から海外へ活躍の場を自然に広げていく行動力がまたスゴイ!! 大島 確かに新しい出会いも増えました。カナダのトロントに撮影に行った時、INROCKという洋楽専門の雑誌雑誌の社長と出会い、私の写真に興味を持ってくださって。頂いた初仕事がなんとMOVIE STAR誌のオーランド・ブルームの撮影という大役!緊張はしましたが、カメラを手にすると不思議と気持ちが切り替わっていくんです。海外ビッグスターの撮影は予想外の事態に陥ることも多々あるので、事前準備を念入りにしておくようになりましたし、勉強になっています。今、その人が感じて生きている、その本質を、その瞬間を写真にしたい…。それが今の信条です。 女優・モデル・フォトグラファー。バランスよく両立していく中で本格的にフォトグラファーの道へ歩んだのはいつ頃でしたか? 大島 2002年にはミス・ユニバースのファイナリスト、2013年まではお芝居を続けていました。実は昔、1本だけ映画監督・撮影していたこともありまして。編集途中で止まったままの作品を、生きているうちに仕上げたいと思ったことがあるんです。ずっと心の中で思っていて。それを行動するタイミングが2013年の夏、お芝居に一区切りつけた頃。それがきっかけで、映像の話しも舞い込んでくるようになり、撮る側のみに徹しようと新たに覚悟を決めてフォトグラファーの道に進みました。