元マイクロソフト役員が警鐘 「働き方改革」に潜む落とし穴
女性管理職の比率を上げるだけでなく、彼女らに「16時退社」を推奨することで大幅に利益率を改善させたカルビー、全従業員約5800人を対象に週休3日制の導入を検討しはじめたヤフー。
国内において、旧来の長時間労働からの脱却をめざし、具体的なアクションを起こす企業が出始めている。またさらに、今月末からは新たな個人消費喚起キャンペーンとして「プレミアムフライデー」も実施される。
いよいよ「働き方改革」が本格化しそうな昨今だが、「目的と手段をはき違える働き方改革は危険」と警鐘を鳴らすのは、『新しい働き方 幸せと成果を両立する「モダンワークスタイル」のすすめ』(講談社刊)の著者で、様々な企業の成長支援にもかかわっている越川慎司氏だ。
越川氏は昨年12月まで日本マイクロソフトにて社内外の働き方改革にもたずさわってきた。日本企業が目指すべき真の働き方改革とはどのようなものなのか。またそれを実現させる上でのポイントとは何なのかを中心にお話をうかがった。
■アグリゲーターという働き方をとおして見えてくる、働き方改革の本質 ――越川さんは、2016年12月で日本マイクロソフトを退職され、2017年1月に独立なさったそうですね。現在はどのような活動をなさっているのでしょうか。越川:日本企業の成長支援、大学での教育事業、さらには講演・執筆といった活動をさせていただいています。また、そのような活動をするにあたり、「アグリゲーター」という肩書を使っています。
アグリゲーターのもとになっているのは、「集めて合体させる」を意味する「アグリゲート(Aggregate)」という言葉です。
これは、短期間に多様な能力を結合し、差別化したモノ・サービスを市場に負けないスピードで作り上げる仕事で、会社や組織の枠にとらわれず複数の企業のプロジェクトに参画し、企画立案から実行までを一気通貫で支援することから、「究極のコンサル」とよばれたりもします。
――「アグリゲーター」という言葉を聞いたのは初めてです。越川:日本では経営コンサルタントの柴沼俊一さんらが提唱した新しい働き方に関する概念です。柴沼さんらによれば、21世紀型知識社会において活躍できるのは、特異な価値を創出し明確なビジョンを持った個人が、複数の会社で仕事をする人材だとされています。
日本ではまだ聞きなれない言葉ですが、海外ではアグリゲーターへの需要は確実に高まっており、アメリカGE(ゼネラル・エレクトリック)やシリコンバレーでは新しい職種として普及してきています。なぜなら、ビジネスにおける一番の差別化要素がスピードだからです。去年の事例でひとつ象徴的なものを挙げるなら「ポケモンGO」でしょう。
2011年、Googleの社内スタートアップ事業によって立ち上げられたナイアンティックが、1ヶ月足らずでポケモンGOを世界に浸透させましたよね。
ナイアンティックのようなベンチャー企業が、任天堂や日本マクドナルドといった大企業を巻き込み、一企業では集めきれないリソースを短期間で集め、必要な領域に投入することで一気に勝負をつける。このように、ビジネスがどんどん短期決戦化してきているといえます。
――越川さんがアグリゲーターとしての働き方を意識し始めた、きっかけのようなものはあるのでしょうか。越川:日本マイクロソフトにいたころ、世界各地、多様な人種の働き方を間近で見ることができたのは大きかったですね。
たとえばシリコンバレーなどは、さすがイノベーションの聖地といいますか、アグリゲーターが異分野の人同士をつなぎ、圧倒的なスピード感で次々と新たなビジネスを興していくのを目の当たりにして、大いに刺激を受けました。
刺激という意味では、彼らのメリハリのきいた働き方にもびっくりしましたね。彼らは、しっかりと公私の切り替えをしながら働くので、間違っても過労死することなんてない。シリコンバレーでは、12月は丸々1ヶ月休むのが当たり前とされていました。
――少し話題は変わりますが、本書では「働き方改革を目指さないでください」と繰り返し書かれていますね。越川:そのあたりはかなり強調したつもりです。さらにいえば、「働き方改革じたいを目的にしないでください」というのが、本書で最も伝えたかったメッセージです。
働き方改革じたいを目的にしてしまうと、人事制度労務制度の整備に走ってしまいがちで、育児・介護休業制度や在宅勤務制度を整備したものの、ほとんど活用されないというケースは少なくありません。
本来めざすべきは、企業の成長と、働く個人の成果と幸せです。これらの目的に達するために、手段としての働き方改革を進めましょうと考えるべきなのです。これは、特定の部門のみが進めるのではなく、経営課題としてトップと社員が「腹落ち」をして進めるべきだと考えています。
――では、本来の意味での働き方改革を実現させるうえでのポイントは何ですか。越川:私はこれまで日本企業200社以上の働き方改革を見てきました。
そのような活動をとおして真の働き方改革を実現する上で必要なのは、現場に自由と責任を与える「経営者トップの覚悟」と、生産性を上げて成果を残し自身の幸せを実現しようとする「社員個人の意識変革」だと思います。
――本書では、日本マイクロソフトで実施された働き方改革についても紹介されています。越川さんの在籍当時、どのようにして改革を進めていったのですか。越川:まだ働き方改革が浸透していなかった6年前、役員の一部は改革に懐疑的でした。
「リーダーたるもの、現場を見てまわって、ひとり一人の社員を鼓舞しなければ」という思いがあったため、テレワークを許可して目の前に社員がいなければ「鼓舞のしようがないじゃないか」という感じだったんです。
ただ、東日本大震災などの大規模な自然災害を経験し、またビジネスのさらなる成長を求められたとき、会社を挙げた生産性向上が必須となり、当時社長であった樋口を中心に、まず意識変革、新しい文化の醸成に注力したのです。
トップ自らが明確なビジョンを示し、社員満足度の向上、クラウドビジネスへのシフトなど具体的な改善項目をコミットすることで、社員の意識は徐々に変わり、全社員がテレワークに挑戦し、変化に挑戦していくという姿勢が浸透していきました。
――樋口さんにしてみれば、経営改革が働き方改革を生み出したという感じだったのかもしれませんね。越川:おっしゃるとおりです。企業戦略の一環としてとらえて、まず意識変革などのアナログ改革からはじめ、社員が腹落ち感を持ったことが成功の理由でしょう。実際に社員全員がテレワークをやってみて、意外とスムーズに仕事が進むことがわかった(笑)。スムーズに行くどころか、通常の実務だけでなく、震災時の災害復旧活動など追加の仕事もさばけてしまったんです。
日本マイクロソフトは、2011年2月の時点ですでに品川への本社オフィスの集約移転をすませていましたが、その後、本格的に改革に乗り出し、事業生産性は26%アップ、女性の離職率は40%減少するなどの成果をあげました。
――いま「事業生産性」という言葉が出ましたが、本書でかなりのページを割いて、日本マイクロソフトの働き方改革を紹介しているのは、多くの日本企業が抜け出せずにいる長時間労働問題に一石を投じたい…という思いがあってのことですか。越川:そのとおりです。欧米の働き方をそのまま日本企業に適用してもうまくいかないということは重々承知しています。
そこでいわゆる外資っぽい「バリバリの個人主義」といった雰囲気でもなく、かといって典型的な日本企業という感じでもない日本マイクロソフトが、実際に取り組んで一定の成果をおさめたケースを紹介することには意味があると思ったんです。
同社の従業員は約9割が社外からの転職者。日立、富士通、NECなどの日系企業から移ってきている社員もいます。つまり、もともとは日本的な働き方をしていた人々が、自分たちに合う形で欧米の働き方を取り入れていった例として、本書の事例を参考にしていただければなと思っています。
日本人はとても真面目で慎重ですし、製品やサービスの品質などパフォーマンスも高い。でも、ちょっとした意識の持ち方やプロセスの設計に問題があるせいで、「長時間働いているのに、成果が出ない」となっている例は少なくありません。
ですので、本書を通しての啓蒙活動はもちろん、私がアグリゲーターとして活動することで、日本人の働き方をめぐる悩みを少しでも解消していきたい。これが独立した最大の理由です。
(後編へ続く)