月アレルギーを発症したアポロ宇宙飛行士のお話 (3/5ページ)
NASAから宇宙に行くことに興味があるかと訊かれたとき、シュミットに躊躇する理由はなかった。「10秒考えて、挙手して志願した」シュミットは1999年のNASAの口述歴史記録プロジェクトでこう語った。
■ 月塵災禍は知っていてもまさかアレルギーがあるとは・・・
シュミットほど、月の地質に精通している宇宙飛行士はいなかった。これまでのアポロ宇宙飛行士たちは、全員軍のパイロットとしての経歴があったが、シュミットは月を歩いた最初で最後の科学者となった。
マスコミは地質学者宇宙飛行士をロマンチックに描いて、もてはやすことはしなかった。ニューヨークタイムズは、シュミットのことを37歳の物静かでまじめな独身男で、自分のテレビやステレオも持っていない、と書いただけだった。
月へ行くためのトレーニングで、シュミットは53週の飛行訓練コースを終了し、2100時間のフライトタイムを記録した。まさか、長年遥か彼方から研究してきた月の塵アレルギーに悩まされることになろうとは、夢にも思わなかっただろう。

1972年12月、シュミットは山に囲まれ、砂塵が延々と続く月のタウロス・リットロウ渓谷に降り立った。最初の月面歩行の間に、月面移動車(LRV)のフェンダーがなくなってしまい、タイヤがスピンして、LRVは砂塵を巻き上げた。
あらゆる隙間やひだに塵が堆積し、シュミットの宇宙服の見えないところにも入り込んだ。宇宙服の関節部にも詰まってしまい、腕が動かしにくくなった。ブーツにも入ってきて、研磨作用があるせいで、ケブラー(軽くて強度のある繊維)のような3層素材でも擦り切れてしまうほどだった。