浅田真央「夢」と「引退」で揺れ続けた“女王の苦悩”(1)「自信がすべて失われた」 (1/2ページ)

アサジョ

浅田真央「夢」と「引退」で揺れ続けた“女王の苦悩”(1)「自信がすべて失われた」

「跳べなくなった天才ジャンパー」。復活を願うファンの誰もがその現実から目をそむけたかった。18年の平昌五輪で悲願の金メダルを狙う浅田真央だが、腰やひざの痛みが彼女から笑顔を奪った。新世代が台頭していくなか、「銀盤の女王」に「決断」の時が迫る──。

 浅田真央の瞳が潤んだかと思うと、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「悔しさもある。ガッカリだったり、ふがいなさだったり‥‥」

 16年11月12日、浅田はグランプリシリーズ(GP)第4戦のフランス杯で、自己ベストから55点以上も下回る惨敗を喫した。主要大会で過去最悪の9位という結果に、15年に復帰してから初めて人前で涙を見せた。こらえきれず声を震わせながら、

「すべてがしっくりといってない。自信というのがすべて失われた」

 と、苦しい胸の内を報道陣の前で吐き出したのだ。スポーツ紙デスクが話す。

「16-17シリーズは初戦のフィンランディア杯こそ2位発進も、自慢のトリプルアクセルを回避するなど、調整遅れは明らかでした。続くGP初戦のスケートアメリカでも6位と手応えをつかめずにいました。それでも、前日のショートプログラム(SP)で8位と出遅れながら、『次につながります』と真央スマイルを見せてくれていたのですが‥‥」

 今シーズンの浅田は、さまざまなイメージチェンジに挑んでいたという。前出のスポーツ紙デスクが続ける。

「GP初戦で6位も、演技構成点は2位でした。佐藤信夫コーチの『僕が言うのもおかしいけど、巧いなって思いながら見ていた』と、ニュースタイルの真央ちゃんに目を細めていました。続く仏杯のSPでも、髪型をポニーテールにして、目の上のアイラインを太く長く引いていた。『氷上のアクトレス』を目指し、赤の衣装も2種類用意するほど気持ちは乗っていたのですが‥‥」

 しかし、翌日のフリーは柔らかなリンク状態が持ち味のスピードを奪い、ジャンプミスが相次いだ。スポーツライターが話す。

「トリプルアクセルを封印しても、ジャンプで流れを掴むスタイルだけに演技構成点も伸びない。それが涙の理由ですよ。試合後、『自分で望んで復帰した選手生活なので、もう一度気持ちを奮い立たせていこうと。

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