【日本人が知らないニッポン】世界が久能山東照宮に目を向けた理由 (1/2ページ)
「東照宮」といえば、日光を連想する人が大半でしょう。
ですが、もうひとつの東照宮が存在することはご存知でしょうか。それが静岡県静岡市にある久能山東照宮です。ここは、とあることがきっかけで世界的に重要な施設にもなっています。
それについて語る前に、まずは家康と駿河府中について説明しましょう。
・若き日の家康
駿府、すなわち現在の静岡市中心部は戦国武将としての家康が育った都市としても知られています。
現在NHKで放映されている大河ドラマ『おんな城主直虎』でも、幼少期の家康が登場します。東海道の太守である今川義元は、三河の小規模豪族松平氏を配下に組み込みます。その際に今川へ人質に出されたのが竹千代、のちの徳川家康です。
人質といっても、奴隷のように扱われていたわけではありません。それどころか義元は、竹千代の能力に期待をかけていた節もあります。だからこそ今川の軍師である太原雪斎の下で武将としての英才教育を施し、元服の際には義元が烏帽子親になり、さらには結婚の世話までしました。ゆくゆくは太原雪斎の後継者、すなわち今川の軍師として活躍させるつもりだったのでしょう。
家康自身も、今川時代のことを決して「黒歴史」とはしなかったようです。駿府がなければ、家康も存在しませんでした。それを自覚していたからこそ、家康は駿府を終焉の地として選んだのかもしれません。
・奇跡の時計
家康は大御所として駿府に居を構えていた晩年期、スペイン国王から調度品を贈呈されます。
それはゼンマイ式の置き時計。