真夜中の墓場で遊ぶ、ある子どもの話【ささや怪談・最終回】 (3/4ページ)

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せめて、わたしだけでも、と。
「だからです」
わたしは、幽霊や死後の世界の存在よりも、目の前にいる人の話を信じたかった。
どんなにちっぽけで馬鹿みたいな話だとしても、それは唾棄すべき記憶や妄言なんかじゃない。
ささやかなメッセージにも、物語にもなりうるのだ、と。
「けど、ずっと人を信じようとするのって、無理があるんだよ」
「そうよね。文字で読む分にはいいけど、耳で聞くと感情が伝わってくるから」
セイさんが、助け舟を出した。
結局のところ、他人の記憶や証言を辿って行く過程で、感情や痛みや苦しみを追体験しなければならない。時には、お互いを深く傷つけてしまうこともある。
すこしずつ、負荷が掛かってしまうのは、避けられない。
「なんとなく、つらそうなのは感じていました」
ヒラタさんが、悲しげな目をしながら、わたしに言った。
「そんなことないよ。でも、いつまでも続けようとは、思ってない」
「わかっていますから......」
イデマチが、すまなそうにつぶやいた。
わたしは、そっとため息をついた。
三人が、どんな表情を浮かべているかぐらいは、顔を見なくてもわかっていた。

いつの間にか、Nさんという常連客が、店の前に立っていた。
そして、にこやかに微笑みながら、わたしたちを見つめている。
彼は、七福神の恵比寿さんのような笑顔が、トレードマークだ。
不意に、Nさんが、口を開いた。
「なあ、前田くん。こんなんな、もっと適当でええやんか。ところでこの前、俺の部下から、こういう話を聞いたんだけど、正月にその子のアパートでな」
「待ってください。今はちょっと」
わたしは、頭を抱えた。
さあやろうぜ、という気分ではない。
「前田さん、オーケーですか?」
米田くんが、無邪気な笑顔で、わたしにレコーダーを手渡した。
「なあ、続きを話してもええか?」
Nさんは、チェシャ猫みたいな笑顔を浮かべて、わたしたちとセイさんに目配せした。
わたし以外の全員が、嬉しそうな顔をしていた。
ちくしょう。
わたしは、人間も幽霊も、大嫌いだ。
あいつらは、わたしの気持ちや都合というものを、まったく考えてくれない。

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