バリスタ世界王者が語る「一番おいしいコーヒー」とは (2/4ページ)
高校を中退し、さまざまなアルバイトの末に行きついたのが、地元福岡県の、父のコーヒー店だったという。
「当時の僕は、まゆ毛も剃っていてね(笑)。でも、そんな僕にも、常連のお客さんは“ひで君、おいしいコーヒーをありがとうね”って言ってくれるんです。その“ありがとう”という言葉が嬉しくて。でも、今でもその“ありがとう”が、仕事をする原動力になっていますよ」と井崎さん。
どんどんバリスタの仕事にはまっていった井崎さん。それは、WBCの日本予選(JBC)に参加したことで、さらに加速したという。だが、その当時感じたのは、自身の圧倒的な知識、教養不足だったという。一念発起して大検を取った井崎さんは、さらに「チューターのお姉さんがキレイだった」という、地元の大手予備校に入る。予備校入校時の偏差値は35。「勉強の仕方から教わった」と話す井崎さんだったが、1年後、見事法政大学に合格した。
井崎さんが、法政大学入学とともに始めたのが、長野県小諸市にある、井崎さんいわく「日本のコーヒー店のトップ」である、丸山珈琲でのアルバイトだった。「毎週末に新幹線で通ってバイトしていたんですが、新幹線代もホテル代も自腹。完全に赤字でしたね」と井崎さんは言う。
そして、翌年の秋からは、イギリス北部の“鉄鋼の町”シェフィールドへ留学。「英語を含めて、バリスタに必要な国際的な感覚を身につけるため」というのが、留学の理由だったと井崎さんは語る。
「現地の学校へはまったく通いませんでしたね。生きたコミュニケーションを学ぼうと、バーにずっといました(笑)。周囲の人間が何を言っているのか全然分からなかったけど、帰ろうとは思わなかった。その場にずっといて、会話の中で出てきたフレーズをメモして、家に帰ったら眺めてね。そんなことを続けていたら、気がついたら周りが何を言っているか分かるようになったんですよ。あと、いろいろ恋もしましたね……(笑)」
そうして“生きた英語”を身につけた井崎さんは、大学4年生、史上最年少でWBC日本予選を優勝する。だが、オーストラリアのメルボルンで行われたWBC本選では、準決勝の12人に残れず、敗退してしまった。
「僕の順位は13位でした。12位との差は0.5。