AVが消える![後編] フリーライター・中村淳彦

週刊実話

 人権団体や女性団体の活発なロビー活動により、アダルトビデオ(AV)業界の実態が世間に広がって社会問題になった「AV強要問題」。ついに政府が本格的に動くことになった。

 4月26日、東京・渋谷でAV出演強要による若い女性に対する性犯罪根絶を呼びかけるパレードが行われた。安倍内閣の現役閣僚である加藤勝信女性活躍担当相らが「なくそう! 若年女性の性被害!」と大きく書かれた横断幕を持ち、渋谷センター街を闊歩した。主催はなんと内閣府、警察庁、警視庁という国家を管理する面々。加藤大臣は「性的被害という暴力の根絶は社会全体で取り組んでいくべき課題だ」と言い、警視庁の田代芳広・生活安全部長は「街頭で『モデルになりませんか』と勧誘された後、AV出演を強要されるなどの実態がある。若者の夢を台なしにする卑劣な犯罪行為」と訴えた。
 もはや国を挙げた本格的なAV業界に対する抗議である。一部の悪質なスカウトマンやAV関係者が、目先のお金が欲しくてやった若い女性たちをAV出演に誘導したことが大変な事態に発展してしまったわけだ。

 そして国を挙げての抗議が繰り広げられる最中、4月1日にAV業界側の対応策の切り札となる『AV業界改革有識者委員会』が結成された。
 委員会は、憲法学者の志田陽子・武蔵野美術大学教授を代表委員として、法社会学が専門の桐蔭横浜大学河合幹雄教授、表現規制に詳しい山口貴士弁護士、歌門彩弁護士が委員に名前を連ねている。
 有識者委員会には200社以上のメーカーが所属するIPPA(知的財産推進協会)、大手プロダクション数社による日本プロダクション協会、実演家の権利を守る一般社団法人AVAN(表現者ネットワーク)、DVD販売店、DMMやTSUTAYAなどの大手流通業者など、流通販売から制作、プロダクションまで、AV関連業界全体が参加する。

 そこでは、AVの全工程で「出演者の自己決定、安全」が確保されているかが委員会の監視下に置かれ、IPPAの厳格な審査をパスしたAVだけが流通するという取り組みだ。これからの、そのAVを“認定AV”と呼ぶという。
 強要問題が社会問題化してから、多くのAV関係者は海外無修整、児童ポルノ、着エロ、水着グラビア、個人配信などと同列に扱われることに不満を抱えていた。AV業界は『AV業界改革有識者委員会』の配下、監視下にある業者のみで、それ以外は関係がないという一線を引いたわけだ。これからはIPPAの審査にパスした認定AVだけがAVであり、それ以外はAVではないということ。“認定AV”だけが全国販売店やDMM、TSUTAYAなどに流通する。

 気になるのは、その“認定AV”の内容である。
 国家の抗議を受けているものの、現段階でAV業界は強気だ。基本的に現行のものを“認定AV”とする。AV女優たちが強要にあたらないか業界を挙げて細心の注意を払い、プロダクションが撮影現場に女優を斡旋して、女優は本番をする。その映像に基準を決めて、修整を加え、審査・販売される。
 AVは35年前の創世記から今まで、グレー産業と呼ばれている。“認定AV”は強要問題をキッカケに、AVをグレーからホワイトにするという取り組みだが、業界は「現状のAVはホワイトである」と徹底抗戦する構えだ。

 では、いったい今までのAVの、なにがグレーなのか。
 まず、本番だ。1958年に施行された売春防止法は、不特定多数の相手から対償を受けて、男性器を女性器に挿入する行為を禁止している。売防法違反を回避するため、AVはずっと疑似セックスが主流だったが、'90年代前半に本番AVが現れて、数年後にはなし崩し的に本番が当たり前となった。AV業界は疑似に回帰するのではなく、現状維持を続けて「AV女優は売春婦ではない、演じる女優」と主張する。

 それと、プロダクションに絡む様々な問題がある。昨年6月に大手プロダクションが摘発された労働者派遣法違反は、すべてのプロダクションに該当する。対応策としてプロダクションと女優は『模範契約書』なる統一の契約書を結び直し、AV女優はプロダクションに雇用される労働者ではなく、女優がプロダクションにマネジメントを依頼する業務委託という体裁にする。
 これまでプロダクションは35年間、AV女優にメーカーから支払われる出演料を絶対に伝えないという姿勢を貫いてきた。さらに、女優同士の交流まで禁じて、人間関係をシャットアウトさせるマネジメントを実施。女優がプロダクションにマネジメントを依頼するとなると、プロダクションが著しく有利な立場に立つ現在の管理は通用しなくなる。
 AV業界がこの対応策を実現できるかは微妙だ。仮にできたとしても、政府や人権団体、女性団体が、それで納得するとは思えない。まだ、いくつもの乗り越えなければならない難問が現れることは間違いない。

 そして、AV出演強要問題の根幹となるのは、スカウトである。
 スカウトはAV女優を発掘して実際に出演させると、売り上げの15〜30%がスカウトバックという名目でプロダクションから支払われる仕組みだ。スカウトマンはAV出演させないとお金にならない。悪質なスカウトは、脅しや騙しを使って強引に出演させるケースも多く、深刻な出演強要に繋がっている。
 長年、プロダクションは要求水準が高い単体女優の発掘を、スカウトに依存してきた。路上スカウトは'05年に改正された都道府県の迷惑防止条例で違法な行為となる。ただ、スカウトやスカウト会社は、すべてのAV業界の業者が配下に置かれる『AV業界改革有識者委員会』には入っていない。スカウトはAV業界ではない、ということだ。

 '13年に大手メーカーからAVデビューし、渋谷の政府主催のパレードで被害を訴えたくるみんアロマさん(26)は、新宿でスカウトマンに「歌手になれる」と声をかけられ、ヌードモデルになり、最終的にAVデビューした。裸になったのは歌手になるためのステップという意識だった。
 「大学在学中にヌードグラビアに出て、私はこんなことしていいのかな、自分は終わりなんじゃないかって不安があった。親に申し訳ないと思ったし、やっぱり裸の仕事をしたいわけじゃなかったから。でも、歌手になる夢を追いたい自分との葛藤があって、流されるまま撮影した。もし嘘だったら? どうしようって不安はあったけど、事務所やスカウトマンのことを疑っていたら前に進めない。とにかく信じようって思った」

 テレビで活躍するAV女優も増え、芸能界とAV業界の垣根は低くなった。彼女のような芸能界に憧れる地方出身の女の子は、何も知らない。実際にテレビ出演するAV女優が存在する中で、言葉巧みに騙されてしまう。
 「事務所とスカウトマンに、AV出演をずっと説得された。事務所は新宿のタワーマンションを買ってサウナ付きの部屋に住めるとか、そんなことも言っていた。お前が腹をくくってくれるなら、そこまでやるって」

 なんと1年を費やして口説かれ、AV出演を決断する。歌手になるためのステップと、本気で思っていたという。
 「男優と絡みのあるAVは遠い存在で、ずっと断っていた。事務所の人たちに『今、時代は変わった。あなたは職業差別をしている。AV女優を見下している』と言われた。差別とかそういう言葉を使われて、確かに自分はAV女優を差別しているかもと思い、後ろめたかった。でも、やっぱり遠い存在。理解できないからこわかった。だからAVには出たくなかった。事務所で十数人の男性に囲まれて説得を受け、だんだん音楽のためには必要なこと、1%でも可能性があるならば信じようと思うようになった。今思えば、洗脳です」

 AV出演に頷くと、急に動き出した。男性経験がほとんどなかった彼女は“ほぼ処女”と売り出された。
 「撮影は苦痛でしょうがなかったけど、現場には私の気持ちを共有してくれる人は誰もいなくて、みんな笑っていた。撮り直しは嫌だし、取り繕わなければ先に進まない。ノリノリな雰囲気を出したけど、本当に苦痛だった」

 女優が嫌がるから監督の裁量で撮影中止、みたいなことはありえない。撮影の段階でメーカーはプロダクションに出演料を支払い、スタッフなどの撮影経費が発生する。撮影に突入すれば、基本的には女優がどんな状態だろうと、乗り切るしかない。
 「精神的にも身体的にも、ドン底まで落ちました。自分がそこまで性行為をやらされると思っていなかったし、本当にツラかった。想像を超えていました」

 最終的に2本に出演、出演料はたった5万円だけだったという。
 「悪質なスカウトや事務所は、騙すことをやめて欲しいって気持ちだけ。自分はピュアで繊細な性格で、AV強要が原因で自殺する子もいるって聞いて、ドーンときた。騙され続けている女の子がたくさんいると思うし、それをなんとかしたい。デビューできるよ、音楽できるよって言われたら、本気にしちゃう女の子ってたくさんいる。100%信じちゃう子はいる。でも、嘘と分かった場合、あまりにもショックで自殺しちゃうのは理解できる」
 騙されて出演した上に、労働の対価が支払われないという被害に遭ったことが、告発を決意させている。

 AV業界は、違法な存在で地下に潜って活動するスカウトマンの管理はできない。出演を希望するAV女優が騙されていないか、AV業界が見抜くしかないが、それは難しい。社会問題化を受けて、一部の悪徳スカウトと関係を断ち切るために、スカウトへの依存をやめるしか方法はないが、AV業界は現状維持を続ける。
 政府はAV業界の対策をどうするのか、まだ審議中だ。

 AV業界が提案する対応策が受け入られなかった場合、法規制が入ることもありえる。現段階で規制される可能性が高いのは“本番禁止”“本番撮影現場への人材斡旋禁止”“女優から商品回収の要望があった場合、応じなければならない”“出演契約書は無効”などだ。本番撮影だけでは留まらず、フェラチオやクンニなど、性的類似行為まで禁じられる可能性もある。
 本番が禁止されれば、どう見積もっても大規模な客離れが起こる。AVメーカーと販売店は続々と潰れ、AV業界は大幅な市場縮小となる。

 長年、AV業界は他の行き場所がない人々のセーフティーネットとなってきた側面を持つ。厳しい法規制がかかっても作り続けるしかない。厳しい監視が入る“認定AV”から弾かれた関係者らが地下に潜り、出演強要、未成年、無修整など何でもありの違法承知の別のAV業界を作る可能性もある。
 需要が消えることのない欲望産業は、法律で締めつけたからといって消滅することはない。予断を許さない状況だ。

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