美容整形と幸せ(元看護師・現役風俗嬢 Yuzuka) (2/4ページ)

世の中には、ふたつの種類の女の子が存在する。「可愛い」女の子と、「可愛くない」女の子である。なんということだろう。
この振り分けは、生まれた瞬間、無条件に決定されてしまう。オギャーと生まれたその時、いや、母親のお腹に宿った瞬間から、私たちの容姿は、勝手に決められてしまう。
「美」というのは、お腹の中でどれだけぶつからずに姿勢を保ったとか、生まれる前の試験で良い成績を取ったとか、そういう「努力の賜物」から与えられるものではなく、偶然、たまたまあてがわれるものなのである。
「可愛い」か「可愛くない」か。そこで決められたこの要素は、勝手に押し付けられた条件にもかかわらず、その後の人生に、大きく大きく関わってくる。いや、関わるどころではない。勝手に決められたとは思えないほど、「モロ」に、その後の人生を左右する。
「可愛い」というだけで、褒められる。保育園で抱っこの回数が多いのも、おもちゃの順番が回ってくるのが早いのも。
学生時代、テストの過去問が回ってくるのが早いのも、だいたいが「可愛い女の子」だ。
「可愛くない女の子」は、いつのまにか自分の立場に気付きはじめる。
社会に出て、「どうやら容姿ってやつが、権限と差別を生み出しているらしい」と、勘づくのだ。
そこで生き方を身につけ、「引き立て役」ってのに徹しない限り、「可愛くない」というだけで、バッシングを受けることにもなりかねないから、死活問題だ。
私が美容外科で働き始めてから、この「可愛い」の呪縛に悩まされる女の子たちに、数多く出会ってきた。強迫観念に近いその感情は、女の子のコンプレックスとして心に住み着き、苦しめ、その結果として「美容外科」への扉を叩く、後押しをする。
可愛くなれば、幸せになれるのか。
それは永遠のテーマであり、疑問ではなかろうか。整形さえすれば幸せになれるのか。