美容整形と幸せ『美容整形の歴史』(元看護師・現役風俗嬢 Yuzuka) (2/3ページ)
それでもやっぱり少し特殊なニーズですから、「差別から逃れたいがための最後の手段」というマイナスなイメージだけが横行し、美容整形のダークなイメージは変わらず、一般層に浸透することもありませんでした。
アンダーグラウンドから、一般層へそんな「美容整形」が一般層、しかも日本に流通したのは、そこからずっと先。戦争が終わり、鎖国が解かれた頃でした。ペリーの「開国してくださいよー」の後に開国した日本に、これまでなかった「欧米の文化」が、どっと流れ込んできます。
ワンピース、カラフルなお化粧品、クルっとカールした巻き髪に、甘くて美味しいお菓子……。瞬くまに日本人を虜にしたその文化は、「欧米人への憧れ」を加速させ、その憧れは、ついには見た目にまで及ぶようになります。
「なんてシュっとした鼻なのかしら」「なんてパッチリした二重まぶたなの」自分達にはないその見た目に憧れを抱く日本人のもとに伝わってきたのが前述した、「美容整形」でした。ここでようやく、今存在している美容整形により近い、「自分磨き」が目的となるような施術も流行していきます。
美と心は繋がっている実はこの頃、美容整形の技術と評価は、グンっと急速に上がっています。きっかけは「戦争」でした。
戦争で足を失った兵士、顔に傷を負った兵士。その頃には既に「形成外科」があり、ちぎれた足から出血しないように止血して縫い付けたり、顔が膿んでしまわないように切りはりするような施術は「医療」として存在しましたが、あくまでただ「生きるため」だけの施術でした。
傷が目立たないように細かく縫合するとか、足の傷を綺麗に見せるとか。そういう「見た目を気にする」という観点は存在しなかった訳ですね。血が止まれば、ひっつけば。確かに「生命の維持」という医療の根本の目的を考えれば、それで良かったのかもしれません。
しかし、そういった傷を目の当たりにすることによって、酷いフラッシュバックに苦しんだり、傷を負った顔みて、「なんてことだ」とコンプレックスに陥る人が、後をたたなくなります。
酷い傷はコンプレックスとなり、時に人の心を蝕み(むしばみ)ます。それは、その傷の原因が「戦争」という記憶に結びつくことも理由のひとつでした。