松本大洋が装画! 気鋭の映画監督が描く“しゃべるぬいぐるみとの最期の時間” (1/2ページ)
寝る時、いつも一緒にいるお気に入りのぬいぐるみが急にしゃべりはじめたら。そんな夢を子どもの頃に描いたことはないだろうか。
そして、もししゃべれたら、きっと無二の親友になれるはず。自分のことを一番よく知っている存在だから。
映画監督・脚本家の片岡翔さんが執筆した初の小説『さよなら、ムッシュ』(小学館刊)は、
幼いころから一緒だった「しゃべる」ぬいぐるみと、病魔におかされた一人の男性の“最後の時間”を描いた物語である。
小さな出版社で校正の仕事をしている森星太朗は、周りの人には秘密にしていることがある。それは、しゃべるコアラのぬいぐるみ「ムッシュ」と暮らしていることだった。
ムッシュがしゃべりだしたのは、星太朗が世界で一番大好きだった人と別れた夜のこと。20年前、星太朗の母が病気で亡くなった日。母の手作りのコアラのぬいぐるみが、しゃべり出したのだ。それ以来、無二の親友として暮らしてきた。
ムッシュはA4サイズのずんぐりむっくりした体型で、モコモコした毛に覆われている。赤い靴下で作られた大きな耳は両側にぼよんと垂れて、左耳は青い継ぎ当てがなされている。そこに仲良く並んでいるのは星太朗のマークである星の刺繍だ。
そして一番の特徴は、コアラらしい大きな鼻がヒゲと一体化していることだ。鼻の先がくるんと左右にはねて、いかにも「ムッシュ」的な立派なヒゲになっている。
ムッシュの声は他人にも聞こえるし、彼が動く姿は誰にでも見ることができる。しかし、なんでしゃべるのかも、どうして動くのかも謎だった。
ある日、星太朗はしゃっくりが止まらなくなり、病院で検査を受ける。MRI検査の結果、脳に膠芽腫が発見され、余命半年を宣告されてしまう。母親と同じ病気だった。
自分の死期を知った後も、粛々といつも同じように生活をする星太朗。しかし、だんだんと病魔は蝕んでいき、右手の震えが止まらない症状が出てくるのだった。