【プロ野球】広島は大丈夫だと思うけど……。前半戦首位も後半戦に大失速、「まさかのV逸」の歴史をおさらいしてみる (2/2ページ)
■1998年の日本ハム
1998年の日本ハムは「ビッグバン打線」と呼ばれる強力打線が最大の売りだった。1番に田中幸雄を置き、中軸に座るのは片岡篤史、ブルックス、ウィルソン(この年、本塁打王と打点王)。また、落合博満を控えに追いやり、この年、20本塁打をマークした西浦克拓と強打者が揃った。その一方で、奈良原浩、金子誠という名脇役の活躍も光った。
この年、日本ハムは5月に首位に立つとそのまま首位をキープし、前半戦を首位で折り返す。
しかし、雲行きが怪しくなってきたのは8月だった。それまでずっと月間で勝ち越してきたが、8月に入ると引き分けを挟んで9連敗を喫するなど黒星が続き、6勝14敗とシーズンで初めての負け越してしまう。
この失速により9月になると日本ハム、近鉄、西武、ダイエーの4球団による優勝争いが繰り広げられ、日本ハムの快走から一転、ペナントリーグは混戦模様となっていく。
最終的には日本ハムと西武の争いとなり、直接対決となった10月2日のダブルヘッダーで西武が連勝。翌3日は引き分けで終わる。日本ハムはさらに7日のロッテとのダブルヘッダーでも連敗し、西武の優勝が決まった。
最終的に日本ハムは西武に3.5ゲーム差の2位でシーズンを終えた。
■2015年のDeNA
記憶に新しい大失速は、2015年のDeNAが首位から最下位へと転落した「天国と地獄」だろう。
前年まで2年連続で5位だったDeNAは2015年、開幕からの15試合を9勝6敗と勝ち越すと、5月には6連勝、5連勝と快進撃。勝ち星を伸ばし、球団がDeNAになってから初の首位に立った。
ところが、交流戦に入ると状況が一変する。6月には10連敗を喫し交流戦は最下位。セ・リーグでは3位に転落してしまう。しかし、前半戦の最後を4連勝で締め、再び首位に立って前半戦を終える。
しかし、後半戦は序盤から2度の4連敗があり、7月終了時点で一気に5位まで順位を下げる。チーム状況はなかなか好転せず、8月26日にはついに最下位に。中日と最下位争いを繰り広げ、62勝80敗1分の最下位でシーズン終了。中畑清監督が辞任する結果となった。
文=武山智史(たけやま・さとし)