「奇跡の逆転満塁弾」2007年夏の甲子園 佐賀北優勝の舞台裏 (2/3ページ)

新刊JP

それがあの集中力を生んでいたんじゃないかなあ」と語っている。

小粒ななかにも「大物打ち」と「繋ぎ屋」がいる。勝ち進むなかで「勢い」ばかりが注目されていたが、この年の佐賀北の打線はなかなかの曲者だったのだ。

その攻撃巧者ぶりが存分に出たのが、今でも語り草になっている決勝戦だった。

0-2で進んだ試合は7回表に2点を追加され、広陵が4点リード。後攻めの佐賀北は6回まで野村祐輔(現・広島東洋カープ)の前にわずか1安打。「手も足も出ない」といった状態だった。この日の野村なら4点あればまず間違いない。誰もが「広陵の優勝」を確信していたはずだ。

広陵の横綱相撲に小さなほころびが出たのは7回裏のことだった。バックネット裏を中心にぽつぽつと手拍子が起こり始める。この回の佐賀北は3者凡退。しかし、8回表、佐賀北が1死2塁のピンチを乗り切ると、手拍子の波は徐々に大きくなっていた。

8回裏の佐賀北。ヒット2本と四球で一死満塁とすると、手拍子は最高潮に達した。この時のことを、広陵の捕手だった、小林誠司(現・巨人)は、「球場全体が、があああって、揺れるんです。ぐおおおって」と振り返る。

マウンド上の野村も球場の雰囲気の異変を感じ取っていた。「声援で、グラッとくる。ベンチよりもグラウンドの方が揺れる。広陵のアルプス以外は、佐賀北の応援みたいな感じでしたからね」(野村)

動揺があったか、野村は佐賀北の2番・井出和馬に押し出しの四球を与え、スコアボードの待望の「1」が灯る。5球目の際どいコースを「ボール」と判定され、野村は目と口を大きく開いたまま、しばらく固まっていた。この後の気持ちの切り替えについて問われると、「切り替えられなかったですね」と答えている。

この日の審判は辛かった。それ自体は両ベンチともすでに了解済みだった。ただ、ある選手が「回によってストライクゾーンにばらつきがあった」と指摘するように、あの8回裏に、ストライクゾーンの高低が一層狭まったかのように見えたことも事実だった。

次の打者は、チーム内で「チャンスに弱い男」というレッテルを貼られていた副島浩史。カウントは1ボール1ストライク。

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