実はボーイズラブ!?江戸時代のベストセラー「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの真実 (1/2ページ)

Japaaan

実はボーイズラブ!?江戸時代のベストセラー「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの真実

十返舎一九による江戸文学『東海道中膝栗毛』と言えば、江戸に住まう一介の町人である弥次郎兵衛と喜多八の名コンビが織りなす滑稽本にして旅行文学として有名です。絵本や児童書でもタイトルが“やじさんきたさん”と名付けられたり、長谷川町子さんによるパロディ漫画『新やじきた道中記』が今も読まれていたりと、万人向けのコメディとして流布しています。

しかし、原作の『膝栗毛』での“弥次喜多”コンビの、そうしたコミカルかつ颯爽とした弥次喜多コンビのイメージとは、はるかにかけ離れたものでした。今回は、弥次さんと喜多さんのキャラクターと、二人が旅立つまでの発端について二部構成で紹介していきます。

実は江戸っ子じゃなかった?後付けで駿府生れになった弥次喜多コンビ

『東海道中膝栗毛』は、当初の題名を『浮世道中膝栗毛』と言いましたが、人気が出て次々に続編が出された最後に発端が描かれました。それによると、弥次郎兵衛の出身地である府中(静岡県)で物語の発端が始まります。

本編では江戸っ子を気取っている場面が描かれる二人組ですが、発端では府中で出会ったことになっています。その理由と言うのが、「弥次喜多コンビの素性を知りたい」と言う読者からのリクエストがあったからとも、「あんな軽薄なのが江戸っ子か!」と叱られてしまったからとも言われています。

「実はボーイズラブ!?江戸時代のベストセラー「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの真実」のページです。デイリーニュースオンラインは、東海道中膝栗毛日本語・日本文学江戸時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る