【映画批評】最新映画「エイリアン コヴェナント」は怒りに震える中途半端っぷり / リドリー・スコット終了のお知らせ (2/4ページ)
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公式設定で主人公はジャネット・ダニエルズ(キャサリン・ウォーターストン)だが、彼女は主人公クラスの活躍はしないし、物語の焦点が彼女に当てられていない。
・とらえどころがない作品
もちろん「主人公の存在感が薄い」というポイントが映画の味となってあらわれることもあるが、この作品、際立った主人公クラスのキャラクターが登場しない。観客は無意識のうちに登場人物の誰かに感情移入しつつ楽しむものだが、それすらできない。とらえどころがないので、気が付くと時間が過ぎて終わっていた。
ある意味、主人公に最もふさわしいのは別のキャラクターなのだが、いろいろな意味でそこに感情移入するのは難しい。余談だが、もっとも主人公格のキャラクターにふさわしいのは誰なのか、一番わかりやすいのは中国や台湾、香港版のポスター。
・過去作品へのリスペクトも陳腐になった
ところどころに過去作品へのオマージュ、特に「エイリアン4」(ジャン=ピエール・ジュネ監督)に対するリドリー・スコット監督のリスペクトなシーンがいくつかあったが、それすら陳腐になっている。なぜなら、リスペクトやオマージュをするからには元祖と同等か、それを超える作品に仕上がってないと安っぽくなるから。
・エイリアンが迫る恐怖が皆無
なにより物足りないのが、エイリアンが怖くない点。1979年に公開されたエイリアン1をいま観てもガッツリと恐怖感を受けるのに対し、今作のエイリアンはどこか貧相で、迫りくる恐怖感がない。何がダメなのか考えてみたら、今作には「ための恐怖」がなかった。くるぞ、ぐるぞ、くるぞ! というエイリアンが迫る恐怖が皆無なのである。これはSFホラー作品として致命的ではないだろうか。
・衰えのために生まれた「適当さ」なのか
しかも撮影や編集や演出が雑で、振り向いたらエイリアンがいるという恐怖シーンでさえも、エイリアンが「ういっす!」みたいな挨拶でもしてきそうな緊張感のない登場方法。エイリアンを追い詰めるダニエルズがノーブラかと思えば次のカットはブラ着用で、ほんの数秒で装着スゲエなって状態。