集え幕末ファン!熱すぎる会津魂に熱狂「会津まつり2017」がいよいよ開催 (2/3ページ)
まつりの初日である9月22日という日は、会津戦争で新政府軍に対して徹底抗戦を貫いていた会津藩が降伏した日です。
幕末戊辰戦争の中でも激戦だった会津戦争(慶応4年閏4月~9月22日)。多くの譜代大名や親藩、また奥羽越列藩同盟を結んでいた東北諸藩が寝返りや敗北、降伏する中、会津は徹底抗戦の姿勢を貫いていました。その理由の一つには、会津藩祖であり3代将軍家光の実弟であった保科正之が遺した家訓がありました。
「大君の儀、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以て自ら処るべからず。若し二心を懐かば、 則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず」。すなわち「徳川将軍を一番大切にし、他のどの藩よりも忠義を尽くしなさい。もし藩主がそれを裏切る場合、私の子孫ではないので、家臣たちは決して従ってはならない」。
幕末の会津藩主松平容保もこの教えを忠実に守り、瓦解する幕府と運命を共にする決意で京都守護職に就任したのです。
義に篤い会津藩は果敢に戦いましたが、軍備の差などで国境はすべて突破されて最終的には城下まで攻め込まれ、籠城の末9月22日についに降伏。降伏式では、「この日を絶対に忘れない」という意味で、出席した会津藩士たちは会場の床に敷かれていた緋毛氈、「泣血氈(きゅうけつせん)」を小さく切って持ち帰りました。
