小野瀬雅生「ギタリストとして、100歳までステージに立っていたい」 (1/2ページ)
僕がギターを担当しているクレイジーケンバンドが結成されて今年で20年。ボーカルの(横山)剣さんと一緒にバンド活動をするようになってから27年経ちます。ちょっとしたマイナーチェンジはありつつも、ここまで長く続けてこられたのは、たまたま丈夫なメンバーが集まったということが一番ですね。別に、誰もが健康に気をつけているわけでもないのに、元気に活動できているということは奇跡的なことなんですけど、僕が今クレイジーケンバンドにいること自体、奇跡でもあるんですよね。
音楽の道に進みたいと思ったのは、中学1年生のとき、親にフォークギターを買ってもらったことがきっかけです。当時ラジオが大好きで、ギターを弾いているうちに、「絶対にラジオから流れてくる音楽に携わる人間になりたい!」という思いが強くなりました。
■音楽を辞めようと思った矢先…
実際に念願が叶っているわけですけど、20代のときは全然芽が出なかったんですよね。オーディションで、「さあ自由に弾いてください」と言うから自由に弾いたら、「うるさい!」と言われて落とされたり(笑)。だから、20代後半には、もう音楽を辞めて時計屋さんになろうとも思っていたんです。知り合いの時計職人が見事に時計を直す姿を見て、その世界にも魅かれまして。
ところが1989年の大晦日、友達のバンドの年越しライブを観に行ったとき、たまたま前から歩いてきたのが現クレイジーケンバンドのドラム担当の廣石恵一さんだったんですよ。廣石さんとはそれ以前に交流があったんですけど、いきなり言われたのが「一緒にバンドをやろうよ」ということでした(笑)。当時、廣石さんは剣さんとバンドを組んでいて、ライブを前にしてギタリストが抜けてしまったんです。そこで僕が誘われて、バンドのメンバーになったわけですけど、僕にとっては本当に奇跡であり、運命なんですよ。もし大晦日に前から廣石さんが歩いてこなかったら、翌年の正月から時計職人の勉強をしていたかもしれないんですから(笑)。
■クレイジーケンバンドと名付けた理由
剣さんと一緒にバンド活動をしてきた27年間で、意見の相違でぶつかったこともありましたけど、喧嘩らしい喧嘩をしたことはないですね。