天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 福田赳夫・三枝夫人(上) (1/2ページ)

週刊実話

 前号までに掲載した三木武夫首相の睦子夫人が政治にも口を出す「最強の猛妻」だったのに対し、その三木の後を継いだこちら福田赳夫首相の三枝夫人も、ナカナカであった。空っ風の群馬県出身。「上州女」の貫禄十分で、体格も人一倍よく、“肝っ玉おっかさん”の風格があった。唯一、三木夫人と違っていたのは、政治の肝の話には、一切、口を出さなかったことであった。

 福田がまだ一派を構える前、所属していた岸派の担当記者による二つの証言が残っている。
 「福田の自宅には、三つの応接間がある。玄関を入ってすぐ右に一つ、これは初めての来客とか付き合いの浅い人が入れる。次いで、廊下の突き当たりにもう一つ。ここには、やや親しい人が入れる。三つ目は2階にあって、最も大事な人を通すところだった。われわれ記者はと言うと、常連となると二つ目の部屋に通される。冬ならコタツができていて、夜回りの記者にはよく三枝夫人が酒の相手をしてくれた。福田は酒はあまり飲めないが、三枝夫人はブランデーの瓶をでんと前に置いて、記者相手に手酌でグイとやる。また、時には麻雀の相手もよくしてくれた。勝負強く、だいぶナカされた記者もいた。しかし、酒や麻雀の際、記者がそれとなく政治の話を持ち出すと、サラリと話題を変えてしまうなど、ネタになるような話は一切しなかった」
 「岸信介政権下で賑わっていた福田邸も、次の池田勇人政権になると人の集まりも少なくなった。政権の中枢にいるときとは雲泥の差で、福田もどこか生気がなかった。そんなときに、福田邸で三枝夫人に会った。夫人は言った。『宅を少し元気づけてやって下さいよ。こんなことでは先が思いやられますから』と。長火鉢を前に、でんとすわった夫人はなんとも“風格”があった」

 政治の肝話には一切加わらなかったものの、一方、選挙戦では旧〈群馬3区〉で先頭に立って戦うのが常だった。
 元共同通信記者で、福田の幹事長時代の秘書、大蔵大臣時は秘書官を務めた西村恭輔(故人)は、生前そのあたりを筆者にこう話してくれたものだった。
 「夫人は選挙戦に突入すると、べったり選挙区に張りついていた。夫人がざっくばらん、さばけているうえ、上州の主婦は選挙となると亭主を放り出しても駆けつけるから、福田の選挙事務所はこうした主婦を中心に女性たちでいつも満杯だった。

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