本好きリビドー(179)

週刊実話

本好きリビドー(179)

◎快楽の1冊
『九十歳。何がめでたい』 佐藤愛子 小学館 1200円+税

 私事で恐縮ながら先月で43になった筆者。不惑も過ぎていい年こいた身でなるべく怒るまい、角を立てまいと心がけているつもりの日々でも某日、書店の店頭で『旬の魚はなぜ旨い』というタイトルの本を目にした瞬間「そりゃ旬だからだよ!」と思わず内心叫んでしまい慙愧の念に耐えない。
 しかしもはや怒りもバカバカしさすら通過していかに対処すればよいものか、リアクションに窮するというか、途方に暮れる事態に陥るのがしばしばな昨今なのも現実だ。たとえば「どうしてハロウィンやらないんですか?」と麻布生まれで青山育ち、30歳の青年サラリーマンに真顔で尋ねられた時とか、あるいは知人の子供の小学校で運動会があったが、聞くと早朝からだいぶ巻き気味のスケジュールで午前中には終わるという。何でそんなに急ぐのかの理由が「お弁当の中身の格差が子供のいじめにつながるから」と、一部の親の苦情を学校側が受け入れて昼食どきにまで時間が及ばぬための配慮だとか。
 いい加減にしてくれよ…の言葉も失いかけそうなところだが、本書の著者はそうはいかない。自ら“人生相談回答者失格”と認めた上で、章題通り「いちいちうるせえ」と言わんばかり、快刀乱麻の筆さばきにひたすら溜飲が下がりっ放し。気がつけば音立てて人生100年時代がやって来る勢いのご時世。成人式の不埒千万ぶりが全国各地で指摘される現在、どなたかの唱えた七掛け理論で年齢を考えたほうがよいのかも知れない。即ち20歳は14歳、30歳なら21歳。それくらいが実質的な精神年齢として適当と判断すべきで、さすれば筆者も30.1歳。まだまだ丸くならずともよいわけだ。それでなけりゃ一億総活躍社会なんぞ切り抜けられるかと教わる痛快の1冊。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 江戸時代の遊郭・吉原というと、どんな場所を想像するだろう。
 時代劇では「大門」と呼ばれた門が入口に設置され、外界と隔絶した劣悪な環境の下、売られてきた女性が身を売る場所。死ねば「投げ込み寺」の門前に遺体を遺棄される悲惨な末路…そんな印象が強いだろう。
 だが、実際の吉原はとても自由な空間であり、ここを拠点に江戸庶民の解放的で明るい文化が華開いた…というまったく新しい町の姿を綴った本が『吉原の真実 知らないことだらけの江戸風俗』(自由社/700円+税)だ。
 テレビ等で語られる吉原は一面にすぎず、遊女たちはわりと自由な暮らしを満喫しており、遊びにやって来た町人たちとのおおらかな交流があったことや、また、遊びにかかる料金はいくらだったのか、遊女たちの雇用条件は…など、細かいところを丁寧に解説した1冊である。
 吉原が“売春”する場であった以上、人身売買などの暗い側面を持っていたことは否定できない。だが、決してそれだけではなく、江戸庶民の暮らしにしっかりと根づいた、必要不可欠な町だったことが浮きぼりになってくる。
 読後に落語の『明烏』などを聞くと、本の内容がなお面白く感じられるだろう。
 男性目線で見たエッチな記事はない。むろん春画も皆無。だが、意外に知らなかった吉原の実態が理解でき、酒の席でひけらかすウンチクとしては最適。
 著者は、江戸庶民文化・性風俗研究家の秋吉聡子さん。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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