大河ドラマ 西郷どんの予習に!幕末の英雄・西郷隆盛の10の歩みを分かりやすく解説 [戊辰戦争編] (2/3ページ)

Japaaan

江戸で2日間に渡る勝との会談の末、西郷は徳川家の処分について、勝の案をほとんど呑むかたちで江戸総攻撃を中止しました。

「いろいろむつかしい議論もありましょうが、私一身にかけてお引き受けします」

西郷のこの一言で江戸市民は生命と財産を守られ、徳川も滅亡を免れたと勝はのちに語りました。勝と西郷の立場を越えた絆は、生涯続きます。

西郷と勝海舟会見之地の記念碑

Image:Wikipedia

⑧ 佐幕派の庄内藩に寛大な措置

惨敗が続いた旧幕府軍でしたが、一つだけ新政府軍に勝ち続けた藩がありました。それが庄内藩(山形県)です。会津藩と共に奥羽越列藩同盟の中心となり、新政府軍と戦って一度も負ける事がありませんでした。

しかしその庄内藩も、仲間の米沢藩や会津藩などに続いてついに降伏。西郷は庄内藩に対し寛大な処分を命じます。仲間の会津藩が23万石からわずか3万石に減封の上、不毛不作の地へ転封という厳罰を受けたのに対し、庄内藩は西郷の口添えによって、17万石が12万石に減封され一時転封されたものの、30万両の献金で庄内に戻る事ができました。

庄内藩士はよほど西郷に恩を感じたらしく、のちの西南戦争の際にははるか鹿児島まで援軍に駆けつけました。

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