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”硝子の中年”になってもKinKi Kidsがスゴい理由

 きのう、東京ドームで新たな伝説が刻まれた。KinKi Kidsが、みずからが持つ同所のコンサート記録を“20年連続”に更新したのだ。デビュー20周年となった同公演は、堂本剛が左耳に突発性難聴を患っている体調を考慮して、全編オーケストラで構成。ジャニーズライブの定番であるうちわ、ペンライトを禁止にした。同公演で、観客総動員数は計56公演、300万人を突破。これは、改装前の国立競技場を超満員にしたSMAP、嵐でさえ達成できない偉業である。

 KinKiはそもそも、音楽性においてはほかのジャニーズユニットと一線を画していた。97年のデビューからして、異例づくしだったのだ。

 剛は8歳から地元・関西の芸能プロダクションに所属して、子役タレントとして多くの舞台を踏んでおり、堂本光一は91年からジャニーズで活動。2人には、歌手デビュー前から高視聴率ドラマに出演した高実績があったため、デビューの際は熾烈な争奪戦が展開。ジャニーズは、プロモーションに創業以来最高額となる3,000万円を投入した。“ジャニーズ・エンタテイメント”という新レーベル会社を設立し、現在はNEWSや中山優馬、ジャニーズWEST、少年隊も籍を置く。

 デビュー日の7月21日には、シングル『硝子の少年』と1stアルバム『A album』を同時発売。『硝子の少年』を作詞した松本隆、作曲した山下達郎にジャニー喜多川社長は、①初登場1位②ミリオンセールスという2つの過酷な条件を課している。

 5月29日に東京・豊川稲荷で開かれたデビュー発表記者会見は、新宿アルタの大型ビジョンに生で映しだされた。このときに掲げられた「KinKi Kids」の提灯は今でも同神社に残されており、ファンが聖地巡礼で訪れる際には必ず写メる。

 社運を賭けたPRは見事に功を奏して、『硝子の少年』はオリコン初登場1位。出荷枚数はおよそ262万枚で、累計売り上げ枚数は178.6万枚。KinKi史上最高のメガヒットソングとなり、97年の年間シングルCD売り上げランキングで第2位。翌春の『選抜高校野球大会』の入場行進曲にも使われた。

 東京ドーム公演の火ぶたが切られたのは、この翌98年から。

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