「伝説の競馬名実況」感動プレイバック! (3/5ページ)

日刊大衆

「手綱を通して血が通う。武豊とディープインパクト」

「これは専門的な話なんですが、日本人の耳にはリズムが大事なんです。これが“ディープインパクトと武豊”だと気持ち悪い。ちなみに、この言葉は、硫黄島の指揮官であった栗林中尉の愛馬進軍歌のワンフレーズを使用しました」

●凱旋門賞を意識していた実況  この頃の競馬界はディープインパクト一色。当然ながら、06年の天皇賞・春も、馬場氏が実況を担当した。

「ハーツクライよ、ハリケーンランよ、待っていろ!」

 ハーツクライは05年の有馬記念で初めて土をつけられた相手。そしてハリケーンは、05年の凱旋門賞を勝った、当時“世界一”の馬だった。今でこそ、凱旋門賞が手の届くところまできた日本競馬だが、当時はまだ狙って勝つところに位置していない立場。だが、強気に“待っていろ”と実況に取り入れていたのだ。「凱旋門賞は勝つと思っていましたから。私の競馬人生で、こんな馬は見たことがない。天皇賞の上りが4ハロン44秒ですからね。他と4秒くらい違いますよ」

 菊花賞で世界のホースマンという言葉を使い、天皇賞・春で、すでに凱旋門賞を意識していた馬場氏。その理由の一つに、自身と競馬実況の出合いが関係しているという。「初めて私が競馬実況に魅せられたのは、ローレル競馬場で行われたワシントンDCインターナショナル。当時、予備校生だったんですが、ラジオにしがみついて小坂巌さんの実況を聞いていました。“4番が日本のタケシバオーです”という言葉が海を越えて聞こえてきたときは、本当に興奮しましたね」

 実況アナウンサーになる夢を叶えた馬場氏が、世界を意識するディープインパクトと出合ったことで生まれた名実況だったのだ。

■牝馬クラシックでも名フレーズが!  そんな00年代は牡馬や古馬のレースを担当していた馬場氏だが、杉本氏と2トップを形成していた1990年代は牝馬クラシックを担当。その中でも名実況といわれるのが、93年のエリザベス女王杯。

「ベガはベガでもホクトベガ」

 今も語り継がれる名フレーズだが、馬場氏は気にも止めていなかったという。

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