独占インタビュー・北島三郎「さらば、キタサンブラック」(3)引退レースは「新たなスタート」 (1/2ページ)
でも、大きなレースをどんどん勝っていくうちに、キタサンブラックがだんだん自分の子供じゃなくなっていく気がしてきたんです。私自身、「有名になるまで絶対に戻らない」という強い意志を抱いて北海道から上京して、おかげさまでヒット曲を出すことができて、テレビにも出させていただきました。それで、ある時におふくろとインタビューを受ける機会があったのですが、そこでおふくろがこう言ったんです。
「息子が歌手になってうれしい。だけど自分の子供じゃなくなってしまったような気分なんですよ」
もちろん血のつながった親子ではあるけれど、「息子の大野穣(本名)」ではなくて、「皆さんの北島三郎」なんだと。私がキタサンブラックに抱く気持ちも、まさにそうなんです。競馬場でファンの皆さんの声援を受けて走っているのを見て、
「これはもう私だけの馬じゃない。ファンの皆さんに育てていただいたんだ」
こんな気持ちがこみ上げてくるんですよ。
そんなキタサンブラックは「神様からの贈り物」なんじゃないかと思うことがあるんです。というのも、2年ほど前に体調を崩して、それからずっとリハビリを続けていたんです。そんな時に大きな夢を与えてくれたのが“彼”でした。
「ずっと頑張ってきたんだから少し休みなよ。その間は、代わりに僕が頑張るから」
こんな声をかけてくれているようで、今では感謝の気持ちしかありません。
歌手・北島三郎としては、50回目の出場となる「紅白歌合戦」で一区切りさせていただき、46年にわたって続けた「座長公演」を4578回で幕引きをさせていただきました。
「長い間ご苦労様でした。終わりましたね」
こんなねぎらいの言葉を皆さんからいただきましたが、私はいつもこう答えていました。
「はい、終わりです。でもまた明日からが始まりなんです」
有馬記念で引退するキタサンブラックも同じです。競走馬としては現役を終えますが、同時に、そこから種牡馬としてスタートを迎えるわけです。数年後には競馬場で彼の仔たちに会えると思うと、今から楽しみでなりません。
キタサンブラックも北島三郎も、北海道ではまったくの無名でした(笑)。