はあちゅう問題:ロマン優光連載99 (1/4ページ)
ロマン優光のさよなら、くまさん
連載第99回 はあちゅう問題今年もいよいよ残すところ後3日なわけですが、正しいことをしようとしているように見える人が必ずしも正しいわけではないという事例を見ることが多かった年だったような気がします。
世の中には基本的に色んなことに関する認識がズレている人というのが存在しているわけですが、そういう人たちがいつもとんちんかんなことばかりやってるかというと、そうではありません。たまに社会的に見て正しいことをやりだす時があります。そうした場合に社会的な正義を求めるタイプの人がそこに乗っかっていくことがあるわけですよ。そういう真面目な人は、バカな出来事とか間抜けな出来事にあまり興味がないわけで、その人のひととなりを基本的によく知らない場合が多いんですよね。だから、素直に支持してしまうと思うのです。
ところが、相手は基本的にはズレてる人なので、そこでの正義とは別におかしな言動をとり続けるわけですよね。そうなってくると、本人に対する疑問が生まれ、そこに野次馬みたいな人が集まって面白がったり、何でもいいから叩きたい人が騒ぎだしたりして、本来の運動的なものがどこかにいってしまうことになることがあります。こういう流れに運動自体に悪意・敵意を持っている人が乗っかってきて、運動そのものが台無しにされてしまう恐れもあります。
本来であれば、その人がズレてる人でも、その部分について正しいのであれば他と切り分けて考えなければならないのですが、世の中のたいていの人はそういうふうに合理的に考えられるわけではないのです。そういうことを踏まえて戦略的に考えるならば、運動を成功させるためには旗印的な人を選ぶ時に非常に厳しく吟味すべきなのだと思います。
完璧な人間などいないわけで、誰だって過去の言動を探せばあげあしをとれるところは出てきます。そういった部分をほじくり返して、引きずりおろそうというのは卑劣な行為です。しかし、今している話はそういった話ではなく、現在進行形でズレた言動をしている人を変に持ち上げることの危険性の話です。そういった人と関わると本来の話がどっかにいってしまって、非常にくだらない印象を世間に与えて終わりになってしまう可能性が高いのですから。