【常識】サウナ議論 / よくある「水風呂に入る前の汗流し」から考えるマナーとルール (3/6ページ)
ルールよりマナーを重視すること、すなわち、ルールより世間の空気を重視することは、法律を適切に改正することなく、社会をうまく回すためのしくみとしてはまあまあ完成度は高いのですが、あまり僕の好みではないです。どうふるまっていいのかが初見ではわからないし、知らない間に変わっていたりするし。
・ルールを守ることと目的を達成すること
たとえルールが分かりやすく掲示されていたところで、「こういう風な状態を実現したい」という目標がみたされていないと、何のためのルールだろう、と思う。
男性であれば見たことある人はいると思うのだが、公衆トイレの手洗い場で、アリバイのように指先に水をちょちょちょっとだけつけて手洗いにしているひとがいる。「手洗い」という行為はしているけれど、実際に手はよく洗われていない。
同じように、水風呂でも、桶で足元だけにちょちょっと水を掛けて入浴している人がいる。結局、全身の汗のほとんどは流されていないんだけど、一応ルールを守っているように見える。
手桶で水を掛けるときには、利き手のまわりに水を掛けわすれることがある。
ルールを形式上守っていても、そのルールによって実際にやりたかったことが実現されていないようなとき、面倒だからルール撤廃してくれないかな、と思う。
「サウナのあと水風呂に入る前には、全身の汗をもれなく流すこと」のようにルールを厳しくする手もあるが、実際守られるかどうかはあやしい。
そもそも、こういう一応ルール守る系の人はまだマシで、ルールガン無視系の人もそれなりにいる。
では、ルールを撤廃したとして、どうしたらルールをつくった人がめざす状態になるんだろうか。
・ルールよりシステム
サウナについて、「サウナ室までの通路を設け、そこの天井からシャワーで水を流す」ようにして欲しい。水流しっぱだともったいないなら、人感センサーつきで。
これで、「水風呂に汗をもちこまない」ことがよりよくできそう。
プールなどでは、濃い塩素で足を消毒するゾーンをかならず歩かせるところありますよね。ああいうイメージ。