西郷どんと維新の策士たちの「オモテ」「ウラ」(1)「龍馬が教科書から消える」は本当か (3/4ページ)
京都見廻組(みまわりぐみ・幕府の直参旗本で構成された京都の警備隊)だと思うんですが、美甘子さんは誰だと?
美甘子 私も実行犯は見廻組だと思うんですけど、裏に薩摩藩とか紀州藩とかの黒幕がいて暗殺を命じられてやったのか、龍馬さんはその時には、尊攘(そんじょう)派、公武合体派のどちらからも狙われてもおかしくないようなところがあるから、どの説も正しく聞こえるという感じですね。
河合 僕は、黒幕は後藤象二郎(ごとうしょうじろう)かもしれないと考えています。
美甘子 えーっ、土佐藩説ですか!
河合 後藤は土佐藩の重臣で、龍馬と会って大政奉還を含む新政府構想「船中八策(せんちゅうはっさく)」を知らされて感激し、その実現を将軍慶喜に勧めた人物です。ところが龍馬は大政奉還が実現する前、薩長倒幕派からそんな悠長な余裕はないって言われて方針を転換します。後藤を引っ込めて板垣退助を出そうという龍馬の手紙も残っている。土佐藩にライフル銃1000丁を買い取るよう持ち込み、武力倒幕に加わるように誘っているんですね。これは、大政奉還を命がけで進めていた後藤にとってみれば裏切りです。
美甘子 じゃあ河合先生の説では、後藤象二郎が見廻組の人に頼んで龍馬を殺したということですね。
河合 後藤は見廻組の佐々木只三郎(ささきたださぶろう・龍馬暗殺の実行犯の一人とも言われる)の兄・手代木勝任(てしろぎかつとう)と旧知の仲で、彼にひと言、龍馬の居場所を漏らせばいいわけです。ただ、幕府の大目付・永井尚志(ながいなおむね)の線も否定できません。龍馬は彼の屋敷をよく訪れていましたが、永井も手代木と交流があったんです。しかも、永井の屋敷は佐々木たちの拠点である寺院と隣接していた。だから偶然、佐々木たちが龍馬を見かけた可能性もありますね。
<プロフィール>
美甘子(みかこ) 1982年生まれ。愛媛県今治市、国宝とロマンの島・大三島出身。