群馬から飛び出した彼の世界が、知りたかった。Da-iCE和田颯インタビュー (2/3ページ)

マイナビウーマン

大変だったのかもしれないけど、中学生からずっとこの生活を続けてきたから、いつの間にかこれが当たり前になっていました」

20歳で上京するまでの8年間、地元の群馬と東京を往復し続けた。当時の彼がどんな生活を送っていたのかと聞けば「最低でも週に3~4日は東京へ来てたんじゃないかな」なんて、さらっと話す。

群馬から東京に向かう電車の中で過ごす、約2時間。彼と同じ地元で育った私は、その距離を知っている。東京は近いようで遠い場所。学生時代の私にとって、この地元から一歩外へ出ることがどれほど勇気のいることだったか。

「地元の群馬から東京に通う日々の中で『あ、これ頑張んなきゃいけないやつだな』って、中学生の僕なりに気づいてた。グループを組んでからは、この業界でやっていきたいって気持ちを強く持つようになりました。Da-iCEとして、僕の好きな踊りをみんなに届けたいって」

「これは事件だ」ターニングポイントと憧れの存在。

2018年、メジャーデビューから5周年目という記念イヤーを迎えるDa-iCE。今や日本武道館や幕張メッセの会場をいっぱいにするグループにだって、もちろん下積み時代があった。Da-iCEとして活動するなかで、彼のターニングポイントはどこにあったのか。

「2012年のイベントで、AAAさんのオープニングアクトをやらせていただいたのがいちばんのターニングポイントでした。だって、僕たちDa-iCEのことを多くの人に知ってもらえた出来事だったから。オープニングアクトを務めたあと、ツイッターで100人くらいのファンから反応があったんです。たった一回やっただけで、ですよ? 僕自身『どういうことだ!?』って驚いたし、メンバー5人で『これは事件だ!』って話していたのを覚えています」

そのステージで、たしかな手応えだって感じることができた。

「オープニングアクトのステージに立った瞬間は、お客さんもまばらで僕たちにまったく興味を持ってもらえてなかったんです。でも、パフォーマンスの最後のほうには変化があって。お客さんがちょっとずつ前に集まって、僕たちを観にきてくれました。

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