西郷どんとともに英断を下した徳川慶勝は元祖カメラ小僧だった[前編] (3/4ページ)
画像:徳川慶勝Wikipedia
2度目の撮影、今度は気に入ったようです。
この成功ですっかり自信を付けた慶勝。「次は弟たちを撮ってみよう!」というわけで、続いて被写体となったのは彼の弟たちでした。
「え、何?カメラ?何それ兄さん大丈夫?」聞いた事もないカメラという不思議な形の箱で兄に撮影され、心なしか不安そうな弟たちの顔が笑いを誘います。ちなみに慶勝の弟たちは有名な人物が多く、9代会津藩主・松平容保、13代桑名藩主・松平定敬は慶勝の弟でした。
その後も自らの居住地である名古屋城を撮影し続けた慶勝。名古屋城は1945年の名古屋大空襲で大部分が焼失してしまいましたが、慶勝が撮影していたために往時の名古屋城内部の様子が現代まで伝わっています。特にお殿様しか入れない場所の写真が今世まで残ったことは、慶勝が行ったカメラ撮影による大きな功績です。

