ニッポンの「超大作映画」秘史が全部わかる!<総まくり・これが「歴史を変えた」革命的10作だ!> (1/2ページ)
100年を超える日本の映画史は、時には世界と互角に渡り合う実力を見せつけた。あの一作がなければ、潮流は大きく変わってたであろう「革命」がここに!
今はなき大映は、その名のとおり大作路線をひた走っていた。その集大成として公開されたのが「釈迦」(61年)である。映画界の名物男だった永田雅一オーナーの悲願は、史上初の70ミリ大作として実現。
当時、大映の宣伝マンだった中島賢氏が回想する。
「大映は黒澤明監督の『羅生門』(50年)がヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞。ただ、評価のわりに客は入らなかった。その後の『日蓮と蒙古大襲来』(58年)は、宗教映画でありながら、大がかりな特撮も功を奏して、驚くほど客が入った。僕らも永田社長の熱意にほだされ、とにかく切符を売りました」
そして「釈迦」へとつながる。ラーメンが1杯30円の時代に、5億円もかけた超大作である。実際には70ミリのフィルムをかけられる劇場はほとんどなかったが、それでも永田は、完成したことに涙を流して喜んだそうである。
「映画の中で、釈迦が仏門に入る前の奥さんを、勝新太郎が強姦する場面がある。これに対して東南アジアの仏教国から猛抗議という一幕もありました」(前出・中島氏)
こうした娯楽大作と並行して、大映は社会派の傑作も数多く誕生させている。その頂点に立つのが、モスクワ映画祭銀賞や、キネマ旬報ベスト・テン第1位に輝いた「白い巨塔」(66年)である。田宮二郎の当たり役として知られるが──。
「山崎豊子さんの骨太な原作、社会派の山本薩夫監督のタッチに、田宮がよく応えた。それだけに、永田社長とケンカして大映を去ったのは本当に惜しかった」(前出・中島氏)
さて、前出の「羅生門」は興行的に失敗したが、黒澤明の「七人の侍」(54年、東宝)は世界中で大ヒット。そればかりか、「荒野の七人」など、本作を手本にした外国映画も数多く作られた。
ところが、この歴史的な傑作は、日の目を見ない可能性もあった。