天才テリー伊藤対談「橋幸夫」(2)あんな人気者でも夜の遊びはNG!? (2/2ページ)

アサ芸プラス

 そうですね、僕のデビューの3年後に舟木(一夫)君、4年後に西郷(輝彦)君がデビューして「御三家」と呼ばれるようになったりしてね。

テリー もう「御三家」の人気といったら、ものすごかったですから。あの頃、橋さんは20歳ぐらいですよね。あんな喧騒の中にいて、人間的におかしくならなかったんですか?

 そうならないように、会社から「身内の中で誰かできる人、いませんか?」という話があって、最初のマネージャーは姉が担当してくれたんです。ちょうどその時、姉は結婚する予定だったんですけど、それを延期してくれて、僕の付き人兼衣装係として3年間務めてくれたんです。

テリー そうか、じゃあ、ご両親も安心して。

 でもその反面、つまんない3年でしたよ。

テリー えっ、そりゃまたなんでですか?

 だって一切、「大人の話」にならないんですから。今だから言えますけど、当時は地方公演に行くと、興行師さんが全て上げ膳据え膳でね、「今夜どうします、遊びますか?」って聞いてくれるわけ。だけど、それを姉が「いえ、うちは結構です」って全部断っちゃうんですよ。バンドの連中はみんなお酒を飲みに行ったり、夜の遊びを楽しんでいるのにね。

テリー なるほど、それは寂しいですね。

 そうですよ、地方公演の夜は、いつも姉と挟み将棋。

テリー ハハハ! いちばん性欲があって、しかも、すごくモテてる時なのに(笑)。

 そうですよ、本当にあの時はつまんなかった。

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