異色すぎる平安文学「とりかへばや物語」にも登場する女性皇太子は実際に存在した (2/3ページ)
画像出典:Wikipedia-孝謙天皇
『とりかへばや物語』の女東宮は「他に皇位継承者がいない」というかなり消極的な理由で皇太子となりましたが、阿倍内親王の場合は少し事情が違いました。聖武天皇の子供は阿倍内親王の他に、弟である安積(あさか)親王もいましたが、男子である弟ではなく姉が皇太子に立てられたのです。聖武天皇の在位中には、天然痘の大流行により政治権力を担っていた貴族たちが相次いで亡くなるという緊急事態が発生しました。
そういった事情もあり、皇位の継承を安定させることが急務だったのでしょう。
実在の女性皇太子には、物語とは異なる点も阿倍内親王には、物語の「女東宮」とは大きく異なる点がもう1つあります。女東宮は物語の終盤で、皇太子の位を尚侍となった「姉君」の産んだ皇子に譲って自身は退きましたが、阿倍内親王はそのまま天皇に即位しただけでなく、1度退位した後に再び即位する「重祚(ちょうそ)」まで遂げています。
そして「日本は属国ではない。独立した国家である。」と宣言した推古天皇、「飛鳥浄御原令」「公民制」などを制定し日本の基盤を作った持統天皇などのかつての女帝たちに負けず劣らずの政治手腕を発揮していきました。