陰謀論やトンデモ説はなぜ生まれるのか? 歴史研究者・呉座勇一さんに聞く(1) (3/4ページ)

新刊JP

「これはフィクションです」と前置きしていればいいのですが、 作家の中にはフィクションであり、ノンフィクションでもあるような微妙な書き方をされる方もいるんですね。そうすると、読者が「これが真実なんだ」と思ってしまうわけです。一方で、歴史学界が「これはどうなの?」と突っ込むと、「あくまで小説ですから」と言われてしまう。

陰謀論はフィクションとノンフィクション、史実と空想の境目が曖昧なところに生まれます。だから、小説のネタとしても使えるし、真実のように話をしても受け入れられるんですね。しかし本来、史実と小説は厳密に区別すべきです。本書で司馬遼太郎の『関ケ原』を批判的に取り上げたのも、そういう問題意識からです。

■一次情報でも信ぴょう性がないことも? 「史料批判」の大切さ ――よく「正しい情報を見極めるためには一次情報に当たりなさい」と言われますが、この本を読むと「一次情報」の正当性や妥当性、どんなバイアスがかかっているかまで考えないといけないことが分かりますね。

呉座:大学や研究機関に所属している歴史学者と、在野の歴史愛好家の一番の違いは、まさにそこにあります。専門用語で「史料批判」というのですが、歴史学者の仕事は史料の妥当性、正当性、信ぴょう性がどれだけあるかということを厳密に評価することなんですね。

もちろん知識も大切ですが、特定の分野に限った知識量だけなら歴女の方々や在野の歴史研究家の方が詳しいことも多いんです。でも、そういった人たちは史料の信ぴょう性を評価しない。結果、信頼できるかどうか分からな いあやしげな史料を信じてしまい、トンデモ説を流布してしまうということが往々にしてあります。

陰謀論やトンデモ説を唱える人は、必ず何かしらの根拠を持ってそれを提唱します。ただ、その根拠となる記述が本当に正しいのか、信頼できるものなのかどうかまで厳密に精査できていません。

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