アイドルよ憤怒の河を渉れ:杉作J太狼XE「美しさ勉強講座」連載71 (1/3ページ)
軟弱な男たちの姿に見かねて、あの先生が立ち上がった!
杉作J太狼XE先生の「男の偏差値がぐんとアップする美しさ勉強講座」
猛烈な勢いでアイドルの裾野が広がっている。
むかし。1986年ぐらいから私はマガジンハウスの平凡パンチという週刊誌で『ビバ!アイドル』というコラムを連載した。コラムの連載を始めて半年ぐらいした頃、編集部に私のデスクができた。
「週に一回か二回顔出して、ちょこっと原稿書いたらたんまりカネやるぜ。めしも喰い放題だ」
うますぎる話だと思ったらそれから廃刊までの三年間、正月ぐらいしか休みはなかった。24時間労働が364日だったと言えば過言かも。待ち時間も多かったので一日の半分ぐらい雀荘にいた時期もあった。ガロの先輩にあたる蛭子さんや根本さんもちょくちょく編集部には来てそこで原稿書いたりするので寂しいこともなく、編集部員たちも規格外のとんでもない人たちばかりで刺激的な毎日ではあった。だが時代とピントがずれていたのも事実、というか、時流に合わせたくないという気持ちが先にあったのではあるが。とにかくバブル期の高飛車で鼻持ちならない成金文化との相性は悪く廃刊。細かいことをいえば休刊。いつかまた復活するかもしれないという含みを持たせての休刊だった。『パンチザウルス』という漫画雑誌として休刊の半年後、再スタートをしたがこれは最初からどうにもなりそうになかった。
「いままでにない、まったく新しい漫画雑誌を作ろうぜ」
武智京太郎編集長の掛け声は勇猛だった。
「従来の漫画家じゃあ所詮いままでと似たりよったりだ。漫画を発表していなくても絵心のありそうな大物に漫画を描かせろ!」
号令のもと、細野晴臣を訪ねたやつもいれば柳ジョージを訪ねたやつもいた。後者は私である。話が大きくそれているのでこの話は割愛します。
『ビバ!アイドル』はその後、内容もデザインもまったく同じものを少年出版社の『熱烈投稿』で再開。通しの連載回数ナンバリングも150か160ぐらいから続けての連載となった。