ストロングマシーン引退:杉作J太狼XE「美しさ勉強講座」連載72 (1/3ページ)
軟弱な男たちの姿に見かねて、あの先生が立ち上がった!
杉作J太狼XE先生の「男の偏差値がぐんとアップする美しさ勉強講座」
ストロングマシン(スーパーストロングマシン、ストロングマシン1号)選手が現役引退すると聞いて、長い夢を見ているような気がした。
私の話である。
私が思ったのである。
長い夢を見始めたのは1983年、1984年頃である。
ストロングマシン選手のデビューと私のデビューはほぼ同時期である。
当時はストロングマシーンだった。マシーン軍団と呼んでいた。
私が漫画家デビューした翌年にストロングマシーンがデビュー、というかプロレス界に誕生している。プロレスの世界に私は当時からわりと近くにいた。詳細は省くが私の師匠筋にあたる人物が数名いる。逆に言えば私は師匠を持っていない。見よう見まねである。お世話にはなった。そのお世話になった人、そのほとんどがプロレスの近くにいた。プロレス記者もいた。だから「キン肉マン」がプロレスに登場する、という話は先に知っていた。それほど不思議な話ではなかった。すでにタイガーマスクが大人気になっていた。異常な人気であった。フィーバーであった。あの当時のプロレスをこえるフィーバーを私は知らない。対抗できるものがいまの世にもしもあるとすればカーリング女子チーム、LS北見のみんなのもぐもぐタイムを毎週30分放送すれば拮抗するかもしれない。
話を進める。キン肉マンは結局プロレス界に登場しなかった。その代わりに成田に降り立ったのがストロングマシーンであった。版権ものの人気者キン肉マンと、見たことも聞いたこともないストロングマシーン。名前もストロングにマシン。あまりにもひねりがなく、気恥ずかしさは確かにあった。それを若干弱めたのがマシンではなくマシーンと単語を伸ばしたことである。
空港で「ギガガガ」と機械音を発したと東京スポーツが大々的に報じた。だがどう見ても人間であった。もしかしたら、ではなく、いまふうに言えば百パーセント、全力ですべっていた。