【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第1話 (3/5ページ)

Japaaan

もっとも、子どもたちが興味津々なのは男ではなく男が担ぐ天秤棒の両端、弁柄染めの渋紙籠の中だ。目に沁みるほどの藍や緑青、赤丹に藤黄、極彩色の絵凧の山。糸で加工された紙上に勇ましい武者絵が躍る凧は吉原遊郭ではものめずらしく、大粒の玻璃玉のような禿の澄んだ瞳を一瞬にして吸い付けた。

「凧やア、凧」男の声は冴えて良く通った。
頰被りの陰翳(かげ)で容貌はよく見えない。着込んだ薄梅鼠(うすうめねず)の縮緬の褞袍(どてら)は、男が浅草御門の柳原土手の床店で古着の山の中から偶然掴み取った掘り出しもので、よく見れば宝づくしの小紋が入っている。合わせて千歳茶(せんさいちゃ)の三尺帯を小意気にキュッと締めた装いは、この男なりの早春へのささやかな寿ぎのつもりらしい。

「凧やア、凧。さあ、今流行りの水滸伝の凧だよ」
「ねえこれ、ぜんぶ、兄さんが描いたの」
子どもの一人が袖を引いた。
「そうだよ。花和尚魯智深(はなおしょうろちしん)、九紋龍史進(くもんりゅうししん)に黒旋風李逵(こくせんぷうりき)、ぜェんぶわっちが描いたのさ。サア早い者勝ちだぜ。買った買ったア!」

男が煽ると、背後(うしろ)に集まっていた小さな禿たちは目を輝かせ、びろうどの帯をふりふり、
「姐さん、姐さん」
と口々に自分の姉女郎を呼んだ。彼女たちは幼くして既に男共に愛されるための術を備えているようで、その愛らしさに自然と男の頬も緩んだ。

しかし巾着のように緩んだくちもとは、すぐに緒締めで締め直されるが必定。禿たちが呼んだ途端、大向こうから縦縞の揃いに漆の木履(ぽっくり)の姉女郎たちが肩で風を切り飛んできて、目を吊り上げて凧売りに嚙みついた。

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