ヒデキと私と:ロマン優光連載109 (2/4ページ)
二才当時の記憶はないものの、西城秀樹と大門豊が自分にとって最初のヒーローだったのです。
その話を親から度々聞かされていたため、幼稚園から小学校低学年の自分にとって、西城秀樹という人は奇妙な親近感を感じるスターでした。「広島のおじいちゃんちの近所の人がヒデキの家で働いていた」というのは幼少期の私にとって、何だか凄いことだったのです。
当時の人気コント番組『カックラキン大放送』。ヒデキはレギュラー格である野口五郎さんや郷ひろみさんが休みの時にピンチヒッター的に出演するのですが、それを「ヒデキが他の二人よりも格上だから、忙しくてたまにしかでれない。ヒデキが出る回は貴重」だと勝手に考えていて、私にとって新御三家の中でも特別な存在だったのです。それは単にヒデキが好きだっただけの話で、子供ってバカですね。
幼い私は三人のことを、地味な五郎、軽薄なひろみ、ワイルドなヒデキという風に捉えており、ワイルドだからヒデキが好きだったのか、ヒデキが好きだったのでワイルドが好きになったのかはわかりませんが、「ワイルドはかっこいい」という考えが生まれ、後々の趣味嗜好に強い影響を残すことになりました。たのきんトリオを地味なよっちゃん、軽薄なトシちゃん、ワイルドなマッチという風に把握して、マッチ派になったのも、ヒデキの存在があったからだと思います。小学校低学年の頃には、沢田研二さんというかジュリーという魔性のスターの影響もまた大きくなっていたのですが、それはまた別の話です。
ヒデキによって植え付けられた『ワイルド』という概念。その概念は時と共に自分の中で拡大していき、不良性や野蛮さを内包していくわけです。宮下あきら先生のマンガに憧れて、小学校高学年の時に御飯をかきこんだり、人前で股ぐらを掻いたりしていたのも、間違ったワイルド指向の現れです。まあ、それがロック、さらにはパンクへの興味に繋がり、GGアリンにたどり着くわけで。幼少期に五郎に憧れていたらテクニカルなギターの渋めのロックを好きになってたかもしれないし、ひろみに憧れていたらキラキラしたダンスミュージック指向になっていたかもしれず、やっぱり出発点にヒデキがあったからこそGGアリンが好きになれたのだと思うのです。